卒業式と合格発表

 卒業式の朝が来た。結局何も纏まってはいない。どうしようと気ばかり焦るが時間は過ぎていく。学校に着いたが、何も状況は変わっていない。そのまま教室に入るとさすがにいつもとは違う雰囲気だった。


「おはよう、とうとう卒業式の本番だね」


 席に着くと隣の絢が明るく朝の挨拶をしてきたが、俺はどんな顔をして挨拶したらいいのか分からず困惑している。


「どうしたの、具合でも悪いの?」


 心配そうな顔で絢が覗き込んできたので、俺は驚いて仰け反る。


「わぁ、ビックリした……げ、元気だよ」

「あ、ご、ごめんね、驚かせるつもりはなかったのよ。でも元気そうで良かった」


 そう言って絢は安心した表情で白川達の所に行った。朝イチから絢の顔を間近で見て動揺してしまい、本当に具合が悪くなりそうだった。

 それから一時間もしない間に卒業式が始まった。本当に最後の行事、本番なので緊張感があって余計な事を考える余裕はなかった。とりあえず大きな失敗もなく滞りなく卒業式は終了した。

 教室に戻りホッと一息つき、クラスメイトと話をしていると担任の先生が教室に入ってきて最後のホームルームが始まった。先生がこの一年間の事やこれからの事などの話をして、涙したり笑ったりしている。俺も真剣に先生の話を聞いて感動したり笑ったりしてこのクラスの最後の時間を共有した。


「これで最後のホームルームの時間を終わります」


 先生が本当に最後の号令をかけるとクラスメイト皆んなで大きな声で挨拶をした。


「ありがとうございました」


 これで全ての行事が終わった。先生の所に行く人もいれば友達同士で抱き合ったり、話をしたりで教室の中がごちゃごちゃになってしまった。

 俺は隣の席の絢を探そうとしたが、先生の所に行くタイミングだったので声をかける事が出来きなかった。その後もタイミングが悪くなかなか絢に声を掛ける事が出来ずにいると、バスケ部の仲間や後輩達がやって来た。


「宮瀬先輩、ご卒業おめでとうございます」


 後輩達の代表で現キャプテンの田渕が丁寧に挨拶をしてくれた。さすがにこれにはきちんと答えてやらないといけない。


「皆んな、本当にありがとう。色々と世話になったな田渕、大変だろうけどしっかりとチームを引っ張っていってくれよ」


 その言葉を聞いて田渕は深く頷き大きな返事をした。順司や慎吾達三年生も皆んな集まっていた。その中で誰かが胴上げをしようとか言っている。まさかと思ったが、慎吾と目が合い何か企んだような表情を浮かべていた。


「よし、宮瀬を胴上げしよう!」

「おい、冗談だろ……」

「いやマジだ」


 後輩達が俺を取り囲むように集まってきたのを慎吾が確認して合図を送る。


「いいか! いくぞ――せ――の」


 俺は後輩達に一斉に抱えられ胴上げの体制に入る。後は慎吾の合図に合わせて胴上げを三回させられた。生まれて初めてだったが、あっという間だったでよく分からなかったけど少しだけ気持ちがいい感じだった。

 結局、絢の姿を見つけ出す事は出来なかった。周りもかなり落ち着いて、帰宅する三年生もいる。これはかなりの確率で駄目だと落ち込んで下を向いていると、三年生とは違う上靴が目に入り一人二年生の女子が話しかけてきた。


「センパイ、おめでとうございます」


 顔を見上げてよく見ると恵里の姿だった。若干涙目なのは多分、田原達女子バスのメンバーと会っていたのだろう。


「ありがとう……本当、恵里には助けてもらったな」


 感謝の気持ちで恵里の顔を見ていると恵里の目からまた大粒の涙が出てくる。


「もう、泣かないようにしようとしたのに……」


 涙を流している恵里の頭を俺は優しく撫でてやった。


「泣くなよ、また会えるから」

「やっぱりセンパイは優しいね……そういえば合格発表はいつですか?」


 涙声で尋ねられる。


「えっと……三日後だよ」

「そうですか、じゃあその時にまた会えますか?」

「う――ん、お昼前後だから難しいかもなぁ……」

「難しいですか……残念です……」


 凄くガッカリした顔をして恵里が俯いた。


「大丈夫だって、別に俺は遠くに行く訳じゃないし、部活にも顔を出すから……それに恵里も四月から三年生だ、色々と忙しくなるぞ」


 恵里は渋々頷きとりあえずは納得したようだった。すると少し離れた所から恵里を呼ぶ声が聞こえてきた。


「友達が呼んでるみたいなので……じゃあね、センパイ、また……」

「近いうちにまた会えるさ」


 別れを惜しむように手を振って恵里は友達の所へ走って行った。

 ため息を吐いてどうしようかと考えたが、もう今日はどうする事も出来ないので一先ず帰ることにした。

(ラストチャンスは、合格発表の日しかない……)


 そう考えて今日は諦めた。


 合格発表の日、合格者番号が張り出される時間を目指して自宅を出た。

 高校に着くとまだ張り出される前にもかかわらず数人が待っている。到着してから五分くらい経過した頃に、合格者番号の一覧が張り出された。

 受験票の番号を確認して、張り出された一覧を近い番号を見つけそこから順に俺の番号を探す。


「あった……良かった」


 そう呟き、胸をなでおろした。自信が無い訳では無いがやはり番号を確認するまでは不安だった。その後、何人か友達と会ったりして、必要書類を受け取り中学校に報告をする為に急いで向かった。

 絢の受験した高校も同じ日が合格発表なのだが、高校が遠いので交通機関を使わないといけない。だから近い高校の俺が先に着く確率が高いのだ。

 中学校に到着した時はまだ絢の高校を受けた生徒は予想通りまだ誰も来ていなかった。まずは先生へ合格の報告に行くと喜んでおめでとうと言ってくれた。

 絢達が来るまでは、同じように合格の報告に来た友達と話をしていた。暫くすると絢達がやって来て、友達と話している俺に気がついた様で笑顔で手を振ってくれた。絢達も先生の所へ報告に行くようなので、俺は友達との話を切り上げて絢が戻って来るのを一人で待った。気持ちを落ち着かせて待っていると、絢が一人で戻って来た。


「あれ、一緒にいた友達は?」

「由佳ちゃん達は何か用事を済ませてから来るって」


 白川が気を利かせてくれたのだろう、俺にとっては絢を誘い易くなった。


「絢、ちょっとだけ時間いいか……」

「うん……」


 タイミングよく周りは誰もいなくなったのでチャンスは今しかない。


「高校は?」

「うん、合格だよ」

「そうだよなおめでとう、絢なら……俺も合格だったよ」

「おめでとうこれで一安心だね」


 お互い微笑みながら向かい合っている。


「これでお互い別々の学校だなぁ……あ、あや……俺は……」


 これまでの思い出や出来事が頭の中を駆け巡って、上手いこと言葉が出てこない。あれだけ考えたのに……気持ちが途切れそうになる。そんな様子を見て絢が俺の顔を覗き込もうとする。


「どうしたの……」


 駄目だ、ここでちゃんと言わないといけない……後悔するこれまでもそうだった、でももう後がない今日しかないんだと、そう言い聞かせて最後まで伝えよう気力を振り絞った。


「俺は絢が好きだ……誰よりも好きだった……でも同じ高校には行けない……一緒にいられない……」


 やっとの思いで告白をしたのだが、何を言っているのかだんだんと分からなくなってしまった。しかし絢は俺の精一杯の告白に顔を赤くして今にも泣き出しそうに首を左右に振りながら否定している。絢も同じ様な感じになってしまう。


「そんな事ないよ……高校が違っても……一緒に……私も……」

「……だけど」


 俺がそう言いかけた時に、少し離れた場所からさっきまで話していた友達が俺を呼ぶ声がする。


「お――い、宮瀬――先生が……」


 その友達は、俺と絢の二人の雰囲気を感じとりしまったという顔をしている。絢は手を軽く目にやって小さく笑みを浮かべる。


「いいよ、行って来て、待ってる……ちゃんと待ってるから」


 仕方ないなという表情で絢が俺の顔を見る。俺は渋々頷き、先生がいる所へ走って行った。しかしそれがいけなかった。そこから三十分以上先生から解放されなかった。

 用事が終わり元の場所に戻ったが絢の姿は無かった。その代わり白川が立っていた。


「やっと戻って来たか……」

「なぜ白川が……」

「心配になって来てみたら絢が一人ぼっちで、話を聞いていたら絢の家から電話があってそれを聞いて血相を変えて帰ったの……」

「そうなのか……」

「でもね、絢が帰る間際に約束は守るから、返事するからって……」

「そ、そう言ってたのか……」

「それを伝える為にここに残っていたのよ」


 ため息をついてやれやれという白川の表情だ。


「ありがとう、悪いな」

「ホント、早く絢に告白すればこんな事にならなくて済んだのに」


 少し呆れ顔の白川だが、これまで色々と気にかけてくれた人物だ。


「すまんな、絢の事、これからも頼んだよ」


 これまでの感謝とこれからの事を含めて頭を下げると白川は、任せてと言って笑顔で答えてくれた。そして絢の返事を待つのにこんな時間がかかるとはこの時思いもしなかった。

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ヘタレ野郎とバスケットボール 束子みのり @yoppy0904

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