入試と卒業式前
三月になり公立高校の入試が目前に迫ってきた。今日は、先生の都合で午後からの授業が自習になった。隣の席の絢が一緒に自習しようと誘ってきたので机を並べて勉強を始めている。お互い最後の模試の結果が良くて、志望校の判定も問題は無く焦りはない。
教室の中はそこまで静かではない。既に進路が決まった奴は特にする事も無いので無駄話をしたり、居眠りをしたりしている。そんな雰囲気なので、俺もそこまでは集中出来ない。
不意に手を止め横を見ると間近に絢の顔があって、真剣な表情で問題を解いていた。最近はごく自然に絢が側にいる事が多かったので当たり前の様に感じていた。でもそんな時間もあと僅かだ。そう考えていた時に思わずため息と一緒に心の声が漏れてしまった。
「はぁ……もう一緒に居られないんだなぁ……」
絢が突然、こっちを振り向き顔がみるみる真っ赤になる。俺は一瞬何が起きたか分からなかったが、ハッと気が付き自分の口に手を当てた。顔が熱くなるのが分かる。全く無意識だった。
「ご、ごめん、変な事を言って……」
俺がそう言うと慌てて絢は、真っ赤な顔を左右に振り否定をする。
「な、何で謝るの? べ、別に変な事を言ってはないし……一緒に居られない事は……ないよきっと……」
「えっ、ど、ど、どうして……」
絢が顔を赤くしたまま消え去りそうな言葉を聞いて、俺は動揺して絢の顔を見つめる。
「お互い遠くに、離れ離れになる訳ではないから……ただ高校が違うだけ……いつでも会えるよ……」
絢が俯き加減で恥ずかしそうに一途な気持ちで答えてくれた。その言葉を聞いて心の隅にあった同じ高校にしなかった事を後悔した気持ちが薄れた様な気がした。
「うん、そ、そうだね……ありがとう……」
絢の言葉に俺は頷いて照れた表情を隠そうと、すぐに解きかけの問題集に目をやって誤魔化そうとした。俺の様子を見て絢はクスッと小さく笑っていた。横目で絢の笑った顔を見て俺は、二度とないこの時間の大切さと幸せさを実感していた。
それから二日後、いよいよ公立高校の入試本番の日を迎えた。朝、時間に余裕を持って自宅を出発したので、高校には早めに到着した。
オープンスクールの時に来ただけなのであまり学校内には詳しくない。正面玄関の近くの掲示板に構内の地図と試験会場の案内があった。
受験番号を確認して何処の教室なのかを探していた。少しづつ掲示板の周りには、同じ学校やF中の生徒が増えてきた。因みにこの高校の生徒の半分近くはこの二校の出身の生徒で占められている。
「あっ、宮瀬クンだ……」
俺の名前を呼ばれて振り向くとF中の制服を着た五、六人の女子の集団がいて、その中に声の主の石川の姿があった。
「おはよう、ついに来たな……」
「そうだね……いよいよだよ」
俺が親しげに石川と会話をしていると一緒にいたF中の女子達が俺を見て興味津々な顔で何か話をしている。
「あの……石川さん、友達に俺の事をどんな風に説明をしてるんですか?」
俺が疑いの目で石川に質問をすると、石川はキョトンとした顔で俺を見た後に友達の様子を伺う。
「え――、別に何も変な事は言ってないよ、ただ……」
石川が何か言いかけたが、何となく内容が分かりそうなので俺は手を前にして話さなくていいという顔をしてため息を吐いた。
「頼むから入学前にこれ以上……」
俺は少し呆れた様子で言いかけたが、あまり言うと墓穴を掘りそうな気がしたので言うのを止めた。大事な試験の前に何をしているの分からない………
「ふふっ、変な、宮瀬クン」
俺の気も知らずに石川は呑気に笑っている。一緒にいた友達の女子の一人が石川に呼びかける。
「志保、そろそろ番号の確認をしないと……」
「あっ、そうね、えっと……」
石川と友達は掲示板に貼ってある試験会場の番号を確認し始めた。
「教室は分かったか?」
「うん、私は三階の教室だったわ」
「そうか、俺は二階だったよ。それじゃ、お互いミスがないよう頑張ろな」
「そうね、一緒の高校生活を送る為に頑張るわ!」
石川は自信満々な表情で大きく頷き、笑顔で一緒に来ていた友達と試験会場の教室に向かって行ったが、何故か楽しそうに見えた。
「全然分かってない……さてそろそろ俺も行くか」
ため息混じりに呟き、俺も試験を受ける教室へ向かい始めた。でも石川のお陰で変な緊張感も無くなり、リラックスした状態で試験に臨めそうな気がした。
その後、試験を受けた教室は同じ学校の奴が割と居たので、普段通りに試験を受けることが出来た。手応えはかなり良かったので、試験終了後は軽い足取りで帰宅することが出来た。この高校に通うようになるのかという実感が湧かないが、きっとまた色々な事が学校生活の中で起きるのだろうなぁと帰り際に校舎を眺めていた。
四日後に卒業式がある。もう一つ俺はやらなければいけない事がある。後がないからこれまでの様に先延ばしは出来ない。
入試が終わったというのに悶々とした日が続いて、卒業式の練習は全く身に入らなかった。式の練習合間に絢が心配そうな顔で話しかけてきたが、曖昧な返事で苦笑いしか出来なかった。
あっという間に四日間が過ぎてしまい、悩むだけ悩んで何も具体的に決められなくて反省をした。
(これじゃ、大仏にチキンと言われても仕方がない……)
結局、告白をする事は決めたが、どこでどのタイミングでするか全く白紙の状態で卒業式の当日を迎えてしまった。
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