入試直前

 二月になり私立高校の入試が始まった。既に推薦入試で進路が決まった生徒もいるようだ。なんとなく教室の中は、少しピリピリした空気が漂っている。

 給食を食べ終わりいつもなら教室の外に出たりするのだが、あまりに廊下が寒いので暖房の効いた教室でのんびりとしていた。そこに大仏がヒマを持て余してやって来た。


「はぁい、チキン」

「誰がチキンだ」


 相変わらずの口の悪さで大仏が話しかけてきので、速攻でツッコミを入れ苦笑いをする。こんなことでこの幼馴染にいちいちで腹を立てていたらキリが無い。そのまま放っておこうとしたけど、大仏は俺にまだ何かを聞きたそうな顔をしている。


「最近、何かいい事でもあったのかな?」

「ふへぇ⁉︎ と、とつぜん、へ、変なことを言うなぁ……」


 全く予想していなかった事を聞かれてのでおかしな返事になってしまった。俺の慌てた様子を見て大仏が小さく吹き出し笑っている。


「やっぱり……そんな気がしたんだよねぇ」

「いや、いや、何にもないぞ」


 右手を左右に振り否定するが大仏は全く信じていない様子だ。


「だって、アンタと笹野さんの様子が前と違って……何て言うかな……まぁ、簡単に言うと良くなったってことかな」


 大仏は納得した言葉が出てこなかったみたいで少し不満顔だが、言いたいことは何となく分かった。恐らくお正月の合格祈願に行った後からのことが言いたいのだろう。

 特にこれといって何かを変えたところは無いのだが、無駄に大仏はそのあたりのカンが鋭いのだ。


「別に変わってないけどなぁ……」


 首を傾げて考えるふりをしてはぐらかそうしたら、面倒になったのか大仏がもういいやって表情をした。


「まぁ……一緒の学校生活は残り少ないから上手い事やりなよ」


 憎まれ口が多いのに今日は珍しく優しい事を言うので調子が狂いそうになりそうだったが、ここは素直に礼を言って微笑した。


「あ、ありがとう……」


 大仏も微笑を浮かべて別の友達の所へ行った。なんだかんだと言って大仏なりに気にしててくれたのかもしれない。こんな一面があるから幼馴染の大仏は憎めないのだ。


 それから数日後、私立高校の入試が目前になってきた日の放課後、先生と話をしていたら誰も居なくなり一人で帰宅していた。受験勉強であまり気にしていなかったがもうすぐバレンタインでもある。去年の今頃、目の前にある公園で恵里から告白をされた。あの時の事を思い出しながら歩いていると、不意に公園の中から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「センパイ、待ってましたよ」


 声の主は恵里だった。一瞬、去年の出来事が頭をよぎり思わず動揺してしまった。


「えっ、あ、ど、どうした、こんな所で……」

「センパイに渡したい物があったので、ここで、待ってたんです」


 恵里は紙の包みを持ってイタズラっぽい笑顔で立っているので安心したが、さっきの口調からすると去年の事を多少意識しているようだった。


「そ、そうか、結構待っていたのか?」

「ううん、そうでもないですよ、先輩が帰るタイミングを見計らって先回りしたから」

「それなら良かった、あまり長く待たせて風邪とかひいたら大変だもんなぁ」


 でもこの時期だから待っているのは寒かっただろうなと心配そうな表情をすると、恵里は何故か嬉しそうな顔をして甘えた声ではにかんだ。


「やっぱりセンパイは優しいですね!」

「そんな事はないよ……」


 俺は首を振り否定する。本当に優しいなら恵里の告白を断ったしないよと心の中で呟き、少し自己嫌悪になりそうになった。こんな気持ちになるのはこの場所が悪いのだろうと責任転嫁をしようとして暗くならいようにした。


「じゃあ、優しいセンパイにプレゼント」


 そんな暗い気持ちを振り払ってくれるぐらいの勢いで恵里は恥ずかしそうに手にしていた紙の包みを俺に手渡した。


「あ、ありがとう」


 さすがに面と向かって恥ずかしそうに渡されると俺も思わず赤面してしまった。手渡された紙の包みはそんなに大きくもなく重たくもなかった。いったい何だろう……


「ここで開けもいいのか?」


 やはり恵里に確認してから開けないといけないと尋ねてみたが、あっさりと恵里が嬉しそうに返事をする。


「うん、いいよ」


 恵里の返事を確認してから紙の包みを開けると、手作りのクッキーと手作りの御守りが入っていた。御守りは合格祈願と刺繍がしてあり縫い目も丁寧でとても上手に作っている。まるで市販の御守りと変わらないクオリティだ。もちろんクッキーも美味しいそうだ。


「相変わらず恵里は凄いなぁ、ホント何でも出来るなぁ……ありがとう。御守り大事にするよ」 


 俺が感謝の気持ちを伝えると恵里は照れて恥ずかしそうに頬を赤くしている。


「これぐらい大好きなセンパイの為に……でもこれぐらいしか出来ないから、後はセンパイが頑張って下さいね」

「そうだな、笑顔で良い報告が出来るように頑張るよ」


 俺は笑顔で答えたが、本当に俺には勿体ないぐらいの可愛い後輩だ。その後、途中まで一緒に帰ったが、やはり制服を着ていても美少女は変わりないので少し気を張って歩いた。でもこうやって恵里と一緒に帰る機会も無くなるだろうし、これだけの美少女なので周りは放っておかないだろう……

 恵里と出会ってからは色々と振り回されたけど、同じくらい助けて貰い、力を貸してくれた。それだけに恵里の存在はとても大きかった。今春からは絢と同じ様に会う機会が無くなるだろう、もしこれまでの様に心が折れそうな事があっても近くにいないから助けてはもらえない……しっかりしないといけないと自分自身に誓った。


 それから二日後、私立高校の入試があり無事に合格した。もちろんお正月に買った御守りと恵里に貰った手作りの御守りは忘れずに持って行った。

 基本的には滑り止めなのだが、まずは一安心といったところだ。後は本命の公立高校の入試だが、俺にはもうひとつ決着をつけないといけない事が残っていた。

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