冬休みとお正月
二学期が終わってしまった。ここまで絢との関係は進展することも無く過ぎてしまった。唯一の救いは塾が一緒なので冬休みの間も会うことが出来るとはいうものの、会話が出来る時間は授業の合間ぐらいしかない。
クリスマスは、模試があって特に何も無く過ぎてしまった。塾も大晦日の前の日まで授業がある。テスト問題をやっては間違えたところをやり直してより実践的な授業の繰り返しをしている。今のところ俺も絢も合格圏なのでそんなに焦ったりはしていない。
年内最後の授業の日、授業が終わって帰る間際に絢が俺の所にやって来て少し恥ずかしそうに尋ねてきた。
「よしくん、お正月の二日は予定ある?」
「いや、特には無いよ。三が日は予定も無く家にいるよ」
「よ、良かった……じゃあ、由佳ちゃんと三人で初詣を兼ねて合格祈願のお参りに行かない?」
絢の顔が不安そうな表情から一気に明るい笑顔になった。俺は勉強で疲れた気分が癒されるような気がした。
「時間と待ち合わせ場所は?」
「そ、そうねぇ……十時に駅前で、いいかな……」
「うん、いいよ。お正月だからといって寝坊するなよ……」
「しないよ。よしくんこそ気をつけてね」
二人でそんなやり取りをしていたら、白川が離れた所で少し呆れた表情で様子を伺っていた。もうこうやって絢と一緒に出掛ける事はもう無いかもしれない考えたら寂し気持ちがした。
年も開けて元旦は、近所の神社に家族で行って初詣を済ませ、後は家で正月番組を見ていた。翌日、天気は良かったが空気の冷たい朝だった。約束の時間より早く着くように自宅を出た。
白い息を吐き、寒いのでいつもより速く歩いたおかげで予定よりも更に早く待ち合わせ場所に到着してしまった。さすがに二人ともまだ来ていなかったので、ホットの飲み物を買って飲みながら待つことにした。
寒いので温かい飲み物を飲むとホッとする。その飲み物を両手に持ってふ――っと白い息を吐き空を眺めていたら、絢の声が聞こえてきた。
声がする方向を見ると絢と白川が一緒に歩いてこっちに向かっている。
「明けましておめでとうございます」
お互い丁寧にお辞儀をして挨拶をすると絢が心配そうな顔で俺を見ている。
「早かったね、もしかして大分待った?」
「そうでもないよ、ちょっと早く着き過ぎたんだ」
「寒かったでしょう、風邪だけは気をつけてね」
「ありがとう、心配してくれて……絢も気をつけなよ」
そう言うと絢は安心したような表情をしていたが、その後ろで白川がまたかという感じの呆れ顔をしている。
「はい、はい、もういいですか、切符を買いに行きますよ……」
白川が先に歩き始めると慌てて絢はゴメンと小さな声で白川について行き謝っている。俺はその後ろからついて行き二人の後ろ姿を見ながら、絢が白川に頼んで付き添いで来てもらったのかと想像が出来た。
電車に乗り、この辺りでは有名な学問の神様の神社に向かった。車内はかなり乗客が多くて座ることが出来なかった。目的の駅まではそんなに遠くないので立っているのは問題ないが、混んでいるので絢達と逸れないか心配だ。
俺は身長が高いので、辛うじて絢達がいるところは確認出来き逸れないように目を離さなかった。
三十分くらい電車に揺られて目的の駅に到着した。乗客の半分以上がこの駅で降りた。
「予想以上にかなり人が多いね」
「いや、ホント多すぎるぐらいいるから、逸れないように気をつけないと……」
ホームに降りてやっと絢達と合流出来た。
「じゃあ、手でも繋げばいいんじゃない」
絢の隣にいる白川がシレッと真顔で言ってきたので、絢の顔がみるみる赤くなり黙ってしまった。少しばかり気まずい空気の中、駅を出て神社の表参道に向かう。
ここもかなりの人でこのまま神社の境内まで続くようだ。この状況の中では、白川の言った通り手を繋いでいた方が安全なような気がして悩んだ。まだこの駅前辺りはそこまで人が多くはなかったが、この先逸れてからだと見つけるのが困難な気がするので、手を繋ぐには今しかないと思い絢に手を差し出した。
「ほ、ほら、て、手繋ぐぞ……」
平常心でクールに見せようとしたが、声が震えて顔もやたらと熱く感じてしまい全然理想と違ってぐだぐだになってしまう。しかしそんな様子を気にする事なく絢は、めちゃくちゃあたふたして、白川に助けを求めようと視線を送っている。
「え、え、えっと……」
「ゴメン、このままだと凄く恥ずかしいんだけど……」
白川は苦笑いをして頷き、絢に早く手を繋げと催促していて、顔を真っ赤にしてやっとの事で絢は俺の手を取り繋いだ。
「あ、ありがとう……」
消え去りそうな声で絢が言うと絢の反対の手を白川が繋ぎ、やっと出来たかという顔をしていた。手を繋いだおかげで三人共、人混みの中逸れる事なく無事に境内まで辿り着けた。
「参拝するまでまだかかるなぁ」
「仕方がないよ……」
俺が呟くと絢達も諦めた感じで答えた。拝殿まではかなり距離があるが、少しづつ前には進んでいるので時間はそこまでかからないだろう。
とりあえずこの状況なら逸れる心配もないのだが、手はそのまま繋いでいた。白川を見ると両手が空いていたので絢とは手を繋いでいないようだ。
確かに手を繋いでいる必要はないのだが、いきなり手を離すのは不自然な気がしたのでそのままにすることにした。しかし急に手を繋いでいる事を意識してしまったので、恥ずかし気持ちが湧き上がってきてしまった。
「どうしたの、大丈夫?」
絢が心配そうな顔をするが全く気がついていないようで、更に意識すると緊張してきて恥ずかしそうが増してしまった。
「ううん、大丈夫だよ……」
ここに並ぶまでは逸れないように必死だったので手を繋いでいるのを意識していなかったが、意識する様になり手に変な汗が出ないか不安になってきた。列も進みやっと拝殿の前まで来たので、自然と手を離すタイミングになった。
「あ、あ、あの、ごめんね……」
真っ赤な顔をした絢が気がついたみたいで、俺も恥ずかしくて顔が熱いままだ。
「い、いや、別に謝ることじゃないよ……」
ここであまり謝られると少し悲しくなりそうだ。順番がきて拝殿の鈴を鳴らさないといけないので、気をとりなおし鈴の紐を引いて鳴らした。『無事に合格できますように』としっかりと拝んだ。
人が多いのでバタバタと参拝していると恥ずかしさも落ち着いた。その後は、三人で御守りを買って絵馬を書こうとしたが、ここもかなり並んでいて買うのが大変だった。
「どうやって書こうかな……」
絵馬が掛けてある所に行ってどう書いているのかを確認して、それを参考に書く所に戻り絵馬を書き始めた。絢達はそれを見て同じように書き始める。
「やっぱり綺麗な字だね……」
先に書いた俺の絵馬と比べると絢の絵馬は凄く綺麗に書いてある。
「そんなことないよ」
少し照れながら絢が言うと白川も絵馬を完成させた。
「じゃあ、掛けようか」
三人で揃って絵馬を掛けて、手を合わせた。
「後はしっかりと受験勉強だね」
優しく微笑みながら絢が言うと白川も隣で頷いて微笑んでいた。
「そうだな、ラストスパートって感じかな」
俺もそう言って目を細めた。帰る頃には、参拝客のピークが過ぎたのか参道も来た時よりも歩き易くなっていたので、お土産屋に寄ったり、店頭で買ったお饅頭を食べたりしながゆっくりと帰った。朝集合した駅に戻りここで解散になった。
「今日はいい気分転換になったよ、ホントありがとう」
俺がお礼を言うと絢が首を左右に振り否定する。
「こちらこそ、凄く楽しかったよ……」
絢が笑顔で答えると白川が横から茶化そうと小さく笑っている。
「……手を繋ぐ事が出来たしね」
「も、もう……」
俺と絢は同時に顔を赤くする。照れ隠しなのか絢が白川の背中をパシパシと叩いている。その姿が可愛くて思わず吹き出しそうになった。
「そろそろ帰ろうか、それじゃまた明後日」
「うん、また塾でね。バイバイ」
手を振って別れた後、一人になり少し寂しくなったが、今日一日の出来事を思い出していたら嬉しくなりまた明日から頑張ろうという気持ちになった。
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