冬の空と休日

 あれから一ヶ月が経ち、文化祭が終わり中学校での大きな行事は大体終わった。本格的に受験生という雰囲気になってきて、クラスの中での会話の内容も受験勉強や模試の結果などの話題が増えてきた。

 絢とはいつもと変わらず普通に会話をして、これまで通りの仲だ。これまでは意識的に絢との会話で受験の話は避けてきたが、もう別々の学校を受験することが分かったのでその必要もなくなった。

 しかし受験の話をする時は一瞬、絢が寂しそうな表情をするので心苦しかった。きっとその表情は俺にだけしか分からないかもしれない……


 それから数日後の休日、大きな本屋に問題集を買おうと久しぶりにAモールに行くことにした。近隣ではこの本屋が一番規模が大きいのだ。

 今日は、寒くて空気も冷たいが澄んだ青空の中気分転換にはいい天気だった。自転車で一人冷たい空気を切りながら向かったが、このところまともに運動をしていないのでAモールに着いた頃にはかなり体力を消耗してしまった。

 目的の本屋に行って、この時期なので総まとめ的な内容の問題集を探した。休日という事もあり、結構な人がいる。参考書や問題集があるコーナーに着いた。ここも多かったが、殆どが中学生や高校生などの受験生のようだ。


「うわ〜、大変だ〜」


 他人事のように眺めて問題集を探し始めると、同じ様に本を探している女の子と肩が当たってしまった。


「あっ、すみません」


 女の子に軽く頭を下げて謝るが、顔までははっきりと見ていなかった。


「こちらこそ……あれ、宮瀬クンじゃない?」


 そう言われて相手の顔をよく見るとF中の石川さんだった。


「ひ、久しぶりだね、合宿以来かな」

「そうね、こんな所で会うとはちょっと驚きだよ」


 笑顔の石川さんはとても嬉しそうだ。


「何か探してるの?」


 俺が尋ねるとすぐに返事が返ってくる。


「問題集なの」

「もしかして、これかな?」


 たまたま俺が探していた問題集が目の前の棚にあったので半分冗談で言ってみた。


「よく分かったわね、凄いよ……」

「えっ⁉︎ ははは……」


 本気で石川は驚いた顔をしていた。俺もまさかこの問題集とは予想していなかったので驚きで動きが止まってしまい、笑うしかなかった。

 問題集は二冊あったので、手に取った一冊を石川に手渡し、棚にあった残り一冊を自分用に手に取った。


「ありがとう、もしかして宮瀬クンも同じ問題集を探していたの?」

「そうなんだよ、ホント偶然だねぇ……」


 すると水を得た魚のように石川は嬉しそうな表情になるが、何となく嫌な予感がする。


「これは幸先が良いわ! こんな偶然があるなんて、これから先とても楽しみだね。二人で高校に行けたら……」


 予想通り石川の頭の中で妄想の暴走が始まっているようだ。俺は少し呆れ気味にツッコミをいれた。


「おいおい、そんな問題集だけで……」

「そんな事ないわ、きっと何かの縁なの!」

「あぁ、分かったよ。とりあえずお互い頑張ろうな」


 石川は嬉しくて話が長くなりそうなので、やれやれと俺が話を切り上げようとしたら、落ち着いた様子になった。


「そ、そうね、お互い頑張ろうね、この先長いしまだ焦らなくても大丈夫、うんうん」

「いやいや、何を焦るんだよ……」


 更にツッコミをいれたがまだ妄想の世界にいるのか反応がなかったが、石川の顔は微妙に赤くなっていた。一体何を考えているのか……

 お互い一冊づつ問題集を持ち精算を済ませ店頭に出た。


「私、この後友達と待ち合わせてるから、またね宮瀬クン」

「おう、またな。次は入試の時かな」


 そう言ってお互い笑顔で別れた。


(石川ってあんなキャラなのかとこの先一緒の学校になたら大変だ)


 そんなことを考えながら、この後は予定も無く、石川とのやり取りで喉が渇いたので、フードコートに行くことにした。それに自転車で来たという事もあり小腹も空いていた。

 ファーストフード店でコーラとポテトを買い空いているテーブルを探した。人が多くてなかなか見つからなくて困ったが、通路側の二人掛けのテーブルが空いていたのでそこに座った。

 通路側なのであまり落ち着かないが、ポテトを食べながらなんとなく人の往来を眺めていた。

 その時、こっちを見て手を振りながらやって来る女の子がいた。俺は全然意識していないので近くに来るまで誰だか分からなかった。


「ヒドイよ、センパイ。何で無視するんですか」


 ニットのカーディガンにデニムのショート姿の恵里は相変わらずのスタイルの良さが一目で分かる。私服姿は高校生と言っても分からないし、周囲からも目を惹くので一緒にいると困ってしまうぐらいだ。


「ごめんごめん、ぼんやりしてて分からなかったんだよ」

「え――⁉︎ 本当ですか?」

「悪かったよ、もうお詫びにジュースでも奢るから許してくれよ」

「やった――!」


 俺が呆れた表情で笑うと恵里はしてやったりの笑顔で俺から渡されたお金でジュースを買いに行った。


「ありがとう、センパイ!」


 暫くして嬉しそうな顔で恵里が戻って来て俺の前に座った。


「センパイは一人なの?」

「あぁ、そうだよ、問題集を買いにね」


 ジュースを飲みながら恵里がヘェーって顔をしている。


「さすが受験生ですね……」

「恵里もあっという間だぞ」

「えっーー」


 俺が冗談交じりで脅かしながら笑うと、わざとらしく恵里が笑顔で答えた。


「部活は休みなのか?」

「そうなんです。だから友達と遊びに来てたんですけど……」


 恵里がいじけた表情になり、聞いて下さいと言わんばかりの口調になる。


「その友達が、裏切ったんですよ。偶然ここで彼氏を見つけたからって……私を置いていったんですよ」

「要は、その友達は彼氏を取って恵里を見捨てたという事か……それは仕方ない」


 話の途中から若干呆れ気味で聞いていたので適当に返事をした。


「仕方ないって、何でですか」


 頰を膨らませて恵里は拗ねた顔をしているが、元が綺麗な顔なのでドキッとしてしまう。


「じゃあ、恵里も彼氏を作ればいいじゃん」

「センパイ、何を言ってるんですか。私の目の前にいるじゃないですか」


 冗談混じりに俺が言ったのを、当たり前って顔をしてさらっと恵里が言い返すので一瞬訳がが分からなくなり呆然とした。


「は、はい⁉︎」

「あ、間違えた。もうすぐ彼氏になる人だった」


 俺が突拍子のない返事をしたので、恵里はイタズラぽく舌を出してクスッと笑っている。


「はぁ……」


 俺は大きくため息を吐き、これ以上この事を話しても無駄な気がしたので諦めて違う話題を話した。その後、二人で一時間くらい部活などの話で盛り上がった。


「そろそろ帰るか、せっかく問題集を買ったし勉強しないとね」

「そうですね、残念だけどセンパイの勉強の邪魔したらいけないし……」


 恵里は少し寂しそうな表情をしたが、すぐに笑顔になった。


「じゃあ、体に気をつけて受験勉強頑張って下さい!」

「ありがとうな」


 真面目な顔で恵里が励ましてくれたと思っていたら、やはり最後にオチをつけた。


「受験が終わったら、早く彼氏になってくださいね」


 ペロッと舌を出して冗談なのか本気なのか分からないが、可愛い笑顔で別れた。いい気分転換にはなったが、多少疲れたような気がした。相変わらず恵里には振り回されるが、いつも元気を与えてくれる、俺にはもったいないぐらいの女の子だ。

 今日、一日で石川と恵里に会って気が付いたが、この二人は何となく似てるいるような感じがして、この先思いやられるような予感がした。

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