弔歌〈トムラウタ〉
何故、人間は時として好奇心のみで行動してしまうのだろうか。私は別に研究者でも心理学者でもないから理由を説明されても理解出来る気はしないが、今だけは理解出来ない理由を言葉にしたかった。
「…
「帰りたいならお前一人で帰ればいいだろ」
私の友人である翔馬の好奇心が暴走したのは今日の昼間の事だ。私の友人が、昨夜に男の歌声を聴いたらしい。それだけなら何ともないのだが、声が私達が今いる森の中から聴こえたというのが問題なのだ。その話をコイツ…親友の翔馬にした結果、私を無理矢理に引き連れて真相を確かめようとしているのだ。
「…お化けかも知れないんだよ?」
「十中八九は人間だろう。誰かが森で練習してるとか…迷惑だから指摘するつもりだ」
「えぇー…」
彼に何を言っても無駄だという事を理解し、仕方なく森の深くへと進んでいく。まぁ、現時点では件の歌声は聞こえないし、多分大丈夫だろう…。
『―――…~、―――…~、』
「…何だ、今の」
微かにだが、聴こえた。歌かどうかまでは判らなかったが、私はその音を確実に捉えていた。
『―――…~、―――…~、』
「…翔馬、こっち」
「あ、ああ…」
翔馬の手を引き、私は茂みを突っ切る。二分程すると辺りに木の生えていない、沢山の石のある開けた場所に辿り着く事ができた。…歌の主も、ここにいる。
『―――――――――…~』
あぁ、いた。金髪で碧眼の男、それにやはり異国の言語の歌。歌詞の意味は解らないが、場所的に大体の意味は分かる。
「あれ、何語だ?」
「…
私は組み立てられた石を指差す。こんな所にお墓があったなんて…。
「…君、私は彼等を弔っているのだ。邪魔をしないでくれたまえ」
突如、男は翔馬の方を振り向き、声を荒げる。けれど、流石は翔馬。臆する事なく男を見つめ、そしてゆっくりと口を開いた。
「あんた、ここは日本だぞ?キリスト文化の歌で異教徒を弔おうと考えるなんて、祟り殺されたいのか?」
私は一つの墓石を見る。『一九二○』という文字…第一次世界大戦以降であり、日本を含む他国同士がいがみ合っていた時代だ。翔馬の言う通り、異国の人が弔う事は出来ないだろう。
「翔馬。私達で弔おう。あの歌…歌っていいよね」
「…お前はいいのか?」
私は、首を縦に振る。別れは寂しいけれど、こっちに死者がいる理由は無い。
「…そうか。なら、歌う間に目に焼き付けておけよ。まぁ、どうせ盆には会えるし」
翔馬が言ったのを確認し、私は金髪の男に帰ってもらう。彼が去っていくのを確認した後、私達は歌い始めた。私達が歌うのは、鎮魂歌でも、この世の歌でも無い。死者を弔い、冥土の地へと送る歌。死者の国で生まれた、死者の為の
「…さぁ、冥土に逝ってらっしゃい」
歌い終わり、私は空に向かって呟く。そして、月夜を見上げながら、涙を落としながら、一人で帰路につく。
「…じゃあね、翔馬。向こうでも、元気で」
織部けいとの短編集 織部けいと @kettar3
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