【読切】Chain me,Nola
これは金属音。それは爆発音。あれは肉を切る音。
これは鉄の臭い。それは火薬の臭い。あれは膓の臭い。
これは槍。それは大砲。あれは死体。
おびただしい量の
大戦の時代に起きた兵不足の際に作成された量産型の兵隊、
…しかし、今の
『機巧士の愚痴日記』――ポーロ・オデオン――
「………中古物件だとこんなのもあるんだ」
古い倉庫に落ちていた一冊のノート。一通り目を通してみるが、いまいち言いたい事が解らない。恐らく普通に愚痴だろう、と考えてノートを本棚へと突っ込む。
今日からヴェルト帝国の帝都に越してきた私だが、初日から訳の解らない事ばかりだ。酒場に行けば機械仕掛けの人形が店を切り盛りしている。薬屋に行けば受付に人形がいる。…全く訳が解らない。人間は悪趣味なのだなぁ、と思考を巡らせながら私は新居である倉庫へと足を踏み入れる。
「…ガタは来てない…けど…」
私は声にして言った。汚い!臭い!
…そういう訳で、私は先住民の痕跡を全力で消しに掛かっているのである。…あぁ、故郷の綺麗な空気が恋しい…。
「…ゴホッ…埃がぁ…ケホッ…気道が…ケホッ」
『…音声確認。魔導燃料、異常なし。
むせ返った刹那、小さく女性の声が聞こえる。…もしかして、まだ退去していなかった?それでこんなに散らかっていたのだろうか。取り敢えず声の主に会うべきだろう。
「…あのー、どちら様ですか?初めまして、私、ノーラって言います。ノーラ・ヴェルフレア。何処ですかー?」
『聞き取りに失敗、もう一度お願いします』
…あぁ、聞こえた。この本棚の向こうだ。しかし、この裏は壁…と思われる。別の部屋から話しているのだろうか。確か…もう一度、と言っていたっけ。
「初めまして、私、ノーラって言います」
『
…今、なんて言った?読み取り?ドロイド?良く解らないけど、早く謝りに行かなきゃ。…で、どこから向かえばいいのだろうか。
「…あのー、どちらにいますかー?」
『ここに居ます』
刹那、本棚が横にスライドし、その後ろから赤い髪の少女が現れる。多少驚いたが、本などで隠し部屋なる物があることは知っていた。なるほど、この少女は中々の金持ちの家系とみた。
「あの、勝手に入ってごめんなさい」
『………巨大な帽子。厚手のコートに手袋、ブーツ。外観の読み取りに失敗。薄着になる事を推奨します』
「…え?あ、そうですね…誰にも言わないで下さいね?」
『…外観の詳細を黙秘事象に登録、受諾しました』
…不思議な口調の少女に従い、私はコートと帽子、手袋とブーツを脱ぐ。灰色の髪、そして狼のような巨大な耳と四肢を纏う獣の毛皮、鋭い爪が露になる。
「…あの、私、人間じゃないんです。人間に変装しないと帝都では不都合なので…ごめんなさい、急に来て驚かせてしまって」
『マスターの外観、声帯共に登録完了。正規人格、起動します』
「…はぇっ?」
刹那、彼女から金属の匂いを感じとる。獣と人間の中間の存在であるといわれる私達、
『お待たせしました、マスター。…
「…マスターって、私?」
『はい』
「家買ったら貴女が付いてきた…って事?」
『はい』
あー、なるほどなー。…って理解出来る訳がない。…中古物件にもあの人形…
…うん、今日はもう寝よう。
…私の妻が若くして他界、私は独り身になってしまった。私と妻の間には子供が恵まれず、息子や娘に会う事なく妻を逝かせてしまったのは心残りだ。あぁ辛い。
機巧士である私から妻を奪えば、もう機巧しか残らない。そこで私は閃いた。
長い月日が立った。このノートを開くのは何十年振りだろうか。遂に人の心を持つ
そう、私は彼女を目覚めさせられない。その前にあの世に逝ってしまうのだ。しかし、完成だけで悔いる事がないなんて、彼女には少し悪いか。…だが、私は満足してしまった。娘よ、嘲笑ってくれ。私に馬鹿だと悪態をついてくれ。
…旧友の孫娘が此方に越す予定があるそうだ。私は旧友に一月の食費程の値段でこの倉庫を譲ると交渉はしたが、ここを買うかどうかはその孫娘の判断による。彼女が私の娘と出逢い、友になってくれる事を、ただ祈るばかりだ。
『おはようございます、マスター・ノーラ』
「…おはよう…えーっと…」
『
朝の日差しと共に活動を開始する。これは森で獣を狩っていた以前と変わらない。ただ一つ違いを挙げるならば、この機巧人―ドロイドが傍にいることだ。…そう言えば、名前を聞いていなかった。名称…あるのかなぁ。
「ねぇ、君の名前は?」
『名称は登録されていません』
「…そっか。…ねぇ、名前つけてもいい?」
『承知しました』
そっか、私が名前付けるのか。…
「…そう言えば、外の機巧達は?」
『あれは
「…マシン…心があったらドロイド…うん、閃いた!」
私は古びたノートに『machine』と走り書き、その下に『chain me』と丁寧に書く。俗に言うアナグラムだ。その文字を指差しながら私は彼女の方を見て言葉を発する。
「マシンのアナグラムでチェイン・ミー、縮めてチェイミー。『私を繋いで』って意味。どうかな?」
『チェイミー…承諾しました。しかし、私を繋ぐ…とはどういう意味なのでしょうか?その辺りだけ教えて頂ければ…』
人と遜色のない赤い髪を靡かせながら、その蒼い瞳で私を見つめている。…うん、本当に綺麗だ。
「…君の開発者の日記があってね。改めて読んだら…さ。多分だけど、その機巧士さんの想いを私が繋ぐ事になりそう…一つだけ、お願い。マスターじゃ無くて、一人の女性として」
『…はい。…いいえ、敬語を使うべきではないと判断、人格プログラム、関係プログラム、更新』
私は深呼吸して、チェイミーを見て、また深呼吸。
「私の友達になって欲しいな、チェイミー」
『勿論、ノーラ。これからよろしく』
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