【読切】Chain me,Nola

 これは金属音。それは爆発音。あれは肉を切る音。

 これは鉄の臭い。それは火薬の臭い。あれは膓の臭い。

 これは槍。それは大砲。あれは死体。

 おびただしい量の記録ログが彼に蓄積されている。聴覚、嗅覚、そして視覚の順に判別する事で様々な物の情報を得ようとする。機巧兵マシンの初代の特徴である。

 大戦の時代に起きた兵不足の際に作成された量産型の兵隊、機巧兵マシン。それらは機巧士きこうしと呼ばれる技師達によって造られていた、兵隊とは名ばかりの兵器である。ヴェルト帝国にて生誕した機巧兵マシンは後に他国へと拡がり、今では後継機が人間の貴族達の召し使いとしても使われている。

 …しかし、今の機巧兵マシンに記録機能は搭載されていない。理由は明確、必要ないからだ。戦況を把握すべきだった初期とは違い、現在は命令式だけ設計すればいい。それほどまでに機巧兵技術は進歩しているのだ。


『機巧士の愚痴日記』――ポーロ・オデオン――

 

「………中古物件だとこんなのもあるんだ」

 古い倉庫に落ちていた一冊のノート。一通り目を通してみるが、いまいち言いたい事が解らない。恐らく普通に愚痴だろう、と考えてノートを本棚へと突っ込む。

 今日からヴェルト帝国の帝都に越してきた私だが、初日から訳の解らない事ばかりだ。酒場に行けば機械仕掛けの人形が店を切り盛りしている。薬屋に行けば受付に人形がいる。…全く訳が解らない。人間は悪趣味なのだなぁ、と思考を巡らせながら私は新居である倉庫へと足を踏み入れる。

「…ガタは来てない…けど…」

 私は声にして言った。汚い!臭い!

 …そういう訳で、私は先住民の痕跡を全力で消しに掛かっているのである。…あぁ、故郷の綺麗な空気が恋しい…。

「…ゴホッ…埃がぁ…ケホッ…気道が…ケホッ」

 

『…音声確認。魔導燃料、異常なし。機巧人ドロイドの動作、思考回路共に異常なし。所有者マスター情報…無し。暗号パスワードによる所有者マスター検索、登録を開始します』

 むせ返った刹那、小さく女性の声が聞こえる。…もしかして、まだ退去していなかった?それでこんなに散らかっていたのだろうか。取り敢えず声の主に会うべきだろう。

「…あのー、どちら様ですか?初めまして、私、ノーラって言います。ノーラ・ヴェルフレア。何処ですかー?」

『聞き取りに失敗、もう一度お願いします』

 …あぁ、聞こえた。この本棚の向こうだ。しかし、この裏は壁…と思われる。別の部屋から話しているのだろうか。確か…もう一度、と言っていたっけ。

「初めまして、私、ノーラって言います」

暗号パスワード、読み取り完了。機巧人ドロイド、起動します』

 …今、なんて言った?読み取り?ドロイド?良く解らないけど、早く謝りに行かなきゃ。…で、どこから向かえばいいのだろうか。

「…あのー、どちらにいますかー?」

『ここに居ます』

 刹那、本棚が横にスライドし、その後ろから赤い髪の少女が現れる。多少驚いたが、本などで隠し部屋なる物があることは知っていた。なるほど、この少女は中々の金持ちの家系とみた。

「あの、勝手に入ってごめんなさい」

『………巨大な帽子。厚手のコートに手袋、ブーツ。外観の読み取りに失敗。薄着になる事を推奨します』

「…え?あ、そうですね…誰にも言わないで下さいね?」

『…外観の詳細を黙秘事象に登録、受諾しました』

 …不思議な口調の少女に従い、私はコートと帽子、手袋とブーツを脱ぐ。灰色の髪、そして狼のような巨大な耳と四肢を纏う獣の毛皮、鋭い爪が露になる。

「…あの、私、人間じゃないんです。人間に変装しないと帝都では不都合なので…ごめんなさい、急に来て驚かせてしまって」

『マスターの外観、声帯共に登録完了。正規人格、起動します』

「…はぇっ?」

 刹那、彼女から金属の匂いを感じとる。獣と人間の中間の存在であるといわれる私達、獣人ハウンドは五感に優れている。そのお陰である程度は推測出来たが、恐らく彼女は帝都にいた人形達に近いのだろう。外観は人間そっくりな為、開発者が違うのだろう。つまり、先住民が開発者、ということか?

『お待たせしました、マスター。…機巧人ドロイド、プロトタイプです』

「…マスターって、私?」

『はい』

「家買ったら貴女が付いてきた…って事?」

『はい』

 あー、なるほどなー。…って理解出来る訳がない。…中古物件にもあの人形…機巧人マシンって言ってたっけ。多分は先住民の作品だろうが、私にはもう訳が解らない。

 …うん、今日はもう寝よう。

 

 …私の妻が若くして他界、私は独り身になってしまった。私と妻の間には子供が恵まれず、息子や娘に会う事なく妻を逝かせてしまったのは心残りだ。あぁ辛い。

 機巧士である私から妻を奪えば、もう機巧しか残らない。そこで私は閃いた。機巧兵マシンの初期のログ技術を流用して心を持つ機巧兵マシンを作ろうとした。私はこの計画を『機巧人ドロイド計画』と名付け、取り組む事にした。

 

 長い月日が立った。このノートを開くのは何十年振りだろうか。遂に人の心を持つ機巧人ドロイドが完成した。これで、私は悔いる事なく生涯を終える。

 そう、私は彼女を目覚めさせられない。その前にあの世に逝ってしまうのだ。しかし、完成だけで悔いる事がないなんて、彼女には少し悪いか。…だが、私は満足してしまった。娘よ、嘲笑ってくれ。私に馬鹿だと悪態をついてくれ。

 …旧友の孫娘が此方に越す予定があるそうだ。私は旧友に一月の食費程の値段でこの倉庫を譲ると交渉はしたが、ここを買うかどうかはその孫娘の判断による。彼女が私の娘と出逢い、友になってくれる事を、ただ祈るばかりだ。

 

『おはようございます、マスター・ノーラ』

「…おはよう…えーっと…」

機巧人ドロイド、プロトタイプです』

 朝の日差しと共に活動を開始する。これは森で獣を狩っていた以前と変わらない。ただ一つ違いを挙げるならば、この機巧人―ドロイドが傍にいることだ。…そう言えば、名前を聞いていなかった。名称…あるのかなぁ。

「ねぇ、君の名前は?」

『名称は登録されていません』

「…そっか。…ねぇ、名前つけてもいい?」

『承知しました』

 そっか、私が名前付けるのか。…機巧人マシンは人間の所有物…になるのか?こんなにもヒトらしいのに、ヒトじゃないなんて…

「…そう言えば、外の機巧達は?」

『あれは機巧兵マシンと言って、私と違って心を持たない…命令式で動く機巧です』

「…マシン…心があったらドロイド…うん、閃いた!」

 私は古びたノートに『machine』と走り書き、その下に『chain me』と丁寧に書く。俗に言うアナグラムだ。その文字を指差しながら私は彼女の方を見て言葉を発する。

「マシンのアナグラムでチェイン・ミー、縮めてチェイミー。『私を繋いで』って意味。どうかな?」

『チェイミー…承諾しました。しかし、私を繋ぐ…とはどういう意味なのでしょうか?その辺りだけ教えて頂ければ…』

 人と遜色のない赤い髪を靡かせながら、その蒼い瞳で私を見つめている。…うん、本当に綺麗だ。

「…君の開発者の日記があってね。改めて読んだら…さ。多分だけど、その機巧士さんの想いを私が繋ぐ事になりそう…一つだけ、お願い。マスターじゃ無くて、一人の女性として」

『…はい。…いいえ、敬語を使うべきではないと判断、人格プログラム、関係プログラム、更新』

 私は深呼吸して、チェイミーを見て、また深呼吸。獣人ハウンドの私と機巧人ドロイドのチェイミー、うん、仲良く…なれるハズ。鋭い爪で彼女を傷つけないように、そっと手を差し出す。

「私の友達になって欲しいな、チェイミー」

『勿論、ノーラ。これからよろしく』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る