織部けいとの短編集

織部けいと

【百合短編】トモシビ

 闇夜を照らす燭台の蝋燭ろうそく。私は毎年、この蝋燭を灯籠に置く。でも、私は蝋燭に灯す事はない。私に灯す物は、きっと無い。

朱音あかねちゃん、ありがとね」

 私は、ただただ蝋燭を置く。それだけ。私が火を点けたところで、それは灯火にはならない。導く事は、私には出来ない。

「そういえば、朱音ちゃんはどの大学に行くの?それとも専門校とか就職?」

 …大学。地元の普通の大学だと思う。それで多分、ありふれた職業に就く。それが一番楽。整備された大通りしか、私は進まない。伐れない茨は、無視するだけ。

「私は、東大受けるんだ。記念受験じゃなくて、本気でね」

 彼女は、私とは違う。幼い頃から優しくて、人見知りしなくて、誰とでもすぐに打ち解けてしまう。無口な私と友達な位には変わってると思う。そんな彼女が、私には輝いて見える。

「…多分、桃花とうかともしびになるべき人」

「え?」

 彼女と夏祭りの準備をするのは今日が最後…かもしれない。私は口下手だけど、今、伝えないときっと後悔する。だから、力を振り絞って思いを紡ぐ。

「…私は、灯にはなれない。人を照らす明るさは、私にはない。けれど、桃花は私や色んな人に灯りを持っていってあげてる。それは、凄いこと。東大、きっと受かる」

 …あ、桃花、すごく驚いてる。私、何言ってるんだろう。桃花の嫌な事だけは、絶対に言いたく無かったのに…

「…朱音。ちょっと行こうか」

「あ…でも、蝋燭、まだ」

「いいから、こっち」

 

 少し、西日が眩しい。高台に来るのなんて、いつ以来だろう。なんで桃花は、私をここに連れて来たんだろう。やっぱり、機嫌を悪くしてしまった?

「…日が沈むまで、待とうか」

 ベンチに座り、西日の沈む先をじっと見つめる。日が沈めば、桃花の点けた灯が輝くはず、そして、祭りが始まる。

「…あれ?」

 けれど、日が沈んだ後の景色は想像と違った。出店の灯りは輝いているが、神社の燭台の灯は、全くと言っていいほど見えない。多分、燭台で見えないのだろう。

「ねぇ、灯は雨風ですぐに消えるんだよ」

 …それくらいは常識。だから、燭台がある。灯を絶やさぬ為、護る為。

「…私は灯。一人だと動けないまま、すぐに消えてしまう小さく弱い炎。けれど、朱音。あなたがいたから、私は消えなかった。あなたがいたから、私は燃え続けたの」

 …私がいたから?でも、私はずっと桃花のそばにいただけ。その灯を求めて、ずっと。

「あなたは、私にとってのともしび。火を護る、燭台の意味を持つ燭。あなたがそばにいたから、私は燃えつづけたんだよ」 

 …桃花がそんな事を言うなんて、思ってもいなかった。…そっか。燭は、灯がいて初めて意味を持つ。逆に、灯にも燭が必要…なのかな。

「…そっか。私達はトモシビか。一緒じゃないと、ダメなんだね」

「そういう事。朱音、一緒に東大受けない?それで、一緒に東京で暮らそ?」

 不意に私の口から笑い声が漏れる。そうだ。私達はトモシビ。茨は焔が燃やし、焔を燭台が護る。…変な例え。

「…なにそれ、プロポーズ?変なの」

 私達は、トモシビ。導く為の強い炎では無く、互いに依存しあうだけのトモシビ。

 

 

 

 

 

 

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