最終話 よみがえったチロ

 時は過ぎ、私は30過ぎの年齢になった。


 会社と家の往復の平凡な日々。

 休日はビデオを借りてきて、テレビドラマをよく見ていた。テレビでは動物番組が好きだった。


 なんのきっかけか分からないが、冬の日に我が家を訪れた犬のことを思い出した。テレビで犬を扱った番組を見ていた時だったかもしれない。


 家のドアを何度も押してきた白い大きな犬。


 そう言えば、そんな犬がいたなあと思っていると、ふとある思いが浮かんだ。

 ―――あの犬はチロだったのでは?


 白い大きな犬……

 チロが大人になった姿としておかしくない。

 私がチロと遊んでいた時、チロについている紐はリード用ではなく、柔らかい紐だった。噛みきろうとすればできただろう。

 それに、支柱にしっかり固定されていなかった。あの大きな体。脱走することも十分あり得る。

 もちろん、当時の状況は分からない。


 そして、ある考えが湧いた。

 ―――チロはあの日、自分に会いに来たのでは?


 ドアを押す音を何度聞いても、私はドアを開けなかった。


 私は思わず目を閉じた。

 あの時、ドアを開けて、あの犬を迎え入れていたら……

 私の足にまた抱きついたかもしれない。子犬の時より大きくなった、その前足で。


 チロへの想いがふくらむ。

 会わなくなって以来、私はチロのことをすっかり忘れていたが、チロは空き地で私をずっと待っていたとしたら……

 遊びに行っていれば……

 この時、チロと出会ってから二十年以上経っていたので、チロと会うことはかなわない。

  

 昔の記憶をたぐりよせる。

 そういえば、夏の夜、網戸から顔をのぞかせていた犬はチロだったか。

 さらにさかのぼり、小学生の時、後ろからまとわりついてきた犬はチロに違いない。

 白い犬の断片的な記憶がつながった。


 チロのことを思い出すと切なくなることもあるが、温かい気分にもなる。

 チロとのふれあい、一緒に遊んだかけがえのない日々。


 チロはいつでも私の心の中でよみがえる。



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よみがえったチロ @keita123

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