取り調べ
麦茶神
それはもうあり得ない大犯罪
取り調べ室には緊張した空気が充満していた。
埃が漂う部屋の真ん中、小汚いテーブルを囲むようにして男が二人。
片方は少し太った中年の刑事。髪の生え際に脂汗がにじんでいる。
もう片方は不健康な白い肌をした、面長の青年。じっとうつむいたまま、口を
「……そろそろ楽になったらどうだ。」
「………」
刑事がゆすりをかけるが、青年が口を開く気配はまったくない。
この雰囲気が続いてもう一時間強が経過している。
そろそろ双方、痺れを切らすころだ。
刑事は腕時計を確認すると、そろそろだな、と頷いた。
「……こっちにはネタがあがってんだ。お前のお友達の証言もな。さあ、白状しろ!」
ドンッ!!!!!
「ヒッ」
机を叩く音が張り詰めた空気を破った。
青年は怯えたトイプードルみたいに震えている。
そして、一回、二回深呼吸をした後、顔を上げた。
ぽつり、ぽつりと真実を語り始める。
「僕が、僕がやりました……」
思わず刑事は口角を上げる。そして、青年のほうへ顔を近づけた。
「そうだな、お前がやったんだな。」
「は、はい……僕がやったんです……」
刑事は嬉しそうに
青年も重い肩の荷が下りたように、あるいは気持ちの整理をつけるために、ふう、と息をつく。
そして、また俯いて、つぶやくように言った。
「刑事さん。僕は戻ってこれるのでしょうか……?」
諸々を書き終えた刑事は上機嫌であったが、その言葉を聞いてまた眉をひそめる。
「お前さん、自分が何をしたのか、どんな許されざることをしたのか本当に理解しているのか?」
刑事は、青年にぐっと顔を寄せて目を見開た。
そして
「お前は、さける〇ーズを、さかずに食べたんだぞ?」
「……………!!!!!!」
ガタガタガタッッ!!!!!
青年は弾かれたように椅子から転げ落ちた。
顔面からは完全に血の気が引き、目は何もない空間を向きながらブルブル震え、口からは冷え切った息が漏れている。
まあ無理もないだろう。
さける〇ーズをさかずにそのまま食べることは神々の時代から
それを自分がしたのだということを自覚しようとすれば、もちろん並大抵の精神レベルでは自我が崩壊してもおかしくはない。
「まあ、数年で戻る、なんてことは出来っこないだろうな。良くて二十数年、そんなところか。」
刑事は青年の顔を見据えたまま続けた。
「それと、お前のお友達から素敵な情報も届いてるんだ。」
調書の間に挟まれたメモ。刑事はそれを取り出して、ゆっくり開く。
青年からは生気が消えうせ、うわ言のような、
開き切ると、刑事はわかりやすく嫌悪感を露わにした。
「いつ見てもこいつは酷ぇな……。いいか?今からひとつづつ聞いていく。嘘だけはつくなよ?どんどんとお前の罪が重くなっていくだけだからな。」
青年は濁り切った目で刑事を見上げた。
「一つ目、お前はおやつカ〇パスを昼飯と一緒に食ったな?」
青年は力なく頷く。
それを見て、刑事は肩をすくめた。
「さける〇―ズに丸ごとかぶりつくお前ならやりかねないとは思ったが、やはりか。これも最新の例で二千万円の罰金だったかな?」
動悸を押さえつけて青年が口を開く。
「だって……だって持ち物の整理をしていたら一週間前のおやつカ〇パスが出てきて……。もちろん良心の
”おやつ”の名を冠するおやつカ〇パス。それをおやつとしてでなく食らう。
かの有名な徳川七十七代将軍、
それがどれだけ
醜く言い訳をする青年に、刑事は哀れなものを見るような目を向けた。
「次。ポ〇キーをシェアせずに食っていた。これは?」
「……ちょっと待ってくださいよ、だって、あの時は友達が急用だっていなくなって、しかも最高気温が三十五度を超えるような屋外にいたんですよ?チョコが溶けてしまうじゃないですか!しょうがなかったんですよ!」
青年は必死に弁明するが、刑事は同情せずにじっとしている。
それも当然、なにせ彼はポ〇キーを共有しなかったのだ。
小学校のころ、道徳で習わなかったのか?
そうでなくても、公民の授業で必修のはずだ。
ポ〇キーを巡る事件や裁判は多く、特に四十年前、当時の総理大臣が官邸のトイレでこっそりポ〇キーを一人で食べていたことが国民じゅうに知れ渡り、大バッシングを受けた「総理官邸シェ〇ハピ事件」は内閣総辞職のきっかけとなった出来事だ。
彼だって日本人なら知っているだろうに。
刑事は実に淡白な口調で続ける。
「俺が聞きたいのは理由じゃない、結果だ。それで?
「……食べました。」
「食べた、食べたな!そうだお前はポ〇キーを一人で残らずすべて
刑事はすっかり英雄気取りのご様子だ。
青年は手のひらを握りしめ、怒りをこらえているようにも見える。
対照的に刑事の調書を書く手は軽やかである。
あらかた書き終えると、刑事は青年を品定めするかのように、周りを回り始めた。
青年も無言で見つめ返す。
しばらくの間睨みあう。
またもや張り詰める空気。
そして、その緊張を破ったのはやはり刑事であった。
「いいか、これが最後だ。お前のなぁ!」
バン!!!!!
刑事は、これで決めると言わんばかりにひときわ大きな動きで机を叩いた。
青年の顔をじろりとのぞき込む。
「お前は!午後の〇茶を!!午前に飲んだな!!!!!」
刑事の頭には既に未来の光景が描かれていた。
―――こいつはこの後心から反省し、罪を
被害者であるメーカーの方々もこれでまた安心して生産できるようになるだろうし、この捜査の
完璧だ。
刑事はニヤリと笑った。
しかし、青年の行動はその予想とはまるで反するものだった。
「ふふ……ふふふ……あははははは!あーっはっはっはっはっは!!!!」
「!?」
青年は高らかに笑い始めた。狂ったように。
刑事は
「なんだ、どうした?!」
困惑する刑事をよそに、青年の高笑いのボルテージはどんどん上がっていく。
笑いを聞きつけ、取り調べ室の前には人だかりができていた。
「あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!ああ、ああそうさ!!俺は午前に午後の〇茶を飲んださ!!!しかもよォ…………午前十一時五十九分をあえて狙ってナァ!!!!!」
ドクンッッッツツツ!!!!!!
刑事は自分の心臓がひと際大きく跳ねたのを感じていた。
「なん……だと……!?」
恐怖が体じゅうの関節を支配しているようで、まったく動かない。
汗がベットリと噴き出し、空間がグニャリと歪む。
青年は足をドタドタさせながら、腹を抱えて張り裂けんばかりに笑っている。
こいつはとんでもないことをしたものだ。
午後の〇茶を法外な時間に飲むだけでは飽き足らず、わざわざ午前と午後のちょうど境目を狙った、だなんて。
換言すれば、イスラム圏の貧しい子供たちを集めて、真ん前で生ハムの原木にむしゃぶりつくくらい許されざる行為だ。
しかもそれを公的機関のど真ん中で宣言する狂気。
今度は刑事の顔面から完全に血の気が引き、目は何もない空間を向きながらブルブル震え、口からは冷え切った息が漏れている。
青年はひとしきり笑うと、ポケットに手を突っ込んだ。
「これを見てみろ!!!」
ドラマでよくある、追い詰められた犯人が起爆装置を取り出すような動作で、青年が取り出したのは……
「そ、そいつは……」
「ひゃひゃっ、ホーム〇イだァ!!!!!」
青年は四十枚入りの個包装の一つを見せつけるように掲げた。
刑事はすっかり腰が抜けて床に倒れ、わなわなと震えている。
「お、おい、そいつを一体どうするつもりだ?!……まさか!」
「そのまさか、だろうナァ!!!」
青年は包装の切り込みに手をかけ、するすると破いていく。
すると、切れ目の中に小麦色の生地が覗いた。
「俺は今から「こいつ」を食べる。
あまりの瘴気に刑事は髪の毛が半分ごっそりと抜け落ちた。あわわと指を咥え、たじろいでいる。
「そ、そんなことをすればタダでは済まないぞ!!これ以上罪を背負うつもりか!!」
「知ったこっちゃあないぜッ!!俺は食いたいときに食うッ!!!」
説得を振り切りホーム〇イをつまみ、口へ運んでいくその顔は邪悪に満ち満ちていた。
思わず刑事は血相を変え、扉を開け放つ。
「誰か、誰かぁーーーー!!!!!!!!」
「なんだ、どうした?!」
「この化け物は俺の手に負えねえ!!助けてくれえ!!!」
「うわああ!!なんだこいつ!!!」
「なんだあれは……まさかホーム〇イか!?」
「イカれてやがる……」
「取り押さえろー!!」
扉の前でスタンバイしていた十数人が一斉に取り調べ室に飛び込む。
「やめろッ、離せ!!!俺はホーム〇イを食べる、食べるぞおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
青年は人波に揉みくちゃにされながら、それでもなお、ホーム〇イを食べようと四苦八苦している。
何がそこまで彼を駆り立てるのか。
それを理解するものはいない。
結局、彼はそのまま
ここはとある
商品名を無視した軽食は、極めて重大な犯罪です。
違反した場合には、
みなさんの大切な人を守るためにも、絶対に止めましょう。
取り調べ 麦茶神 @Mugitya_oishi
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