第8話
「また帰るところが無くなった」と、ナギがぽつりと言いました。
山よりも高く、雲よりもさらに高い、
ナギに加担してしまったので、野分も山の戒律を破ったのと同じです。二人はもう、二度と山には戻れなくなってしまいました。野分は居ても立っても居られなくなって叫びました。
「ええい知ったことか馬鹿野郎! 俺やナギを受け入れない山なんぞ、もはや無いのと同じだ! どこへなりとも消えちまえ!」
大声を上げてすっきりすると、同時に野分は、それほど自分が怒っていないことに気が付きました。どころか満足さえしているように思えました。まるで晴れ渡る空のような気持ちでした。
「そうか」と野分はやっと気がつきました。
楽しくて、張り合いのある日々が確かに在ったことを。
それが、やっと戻ってきたのだということを。
だからもう、野分は自分が何をするべきか、ちゃんとわかっていました。眼下に広がる世界を見渡して、野分は「カカッ」と笑いました。
「まったく、どうして今まで忘れていたのか! 帰る場所が無いというのは、これほどまでに自由なのだ! そうだ、山だろうと森だろうと海だろうと、連中はどこまでも好き勝手に広がっているぞ! それは俺たちも似たようなものだ! さぁ、これからはもう好き勝手に飛び回ってやろうではないか! そうして一つくらい居心地のいいところを見つけたら、そこを帰る場所にしてもいい!」
朱の切れ端で優しくナギを包みながら、野分は大きく声を張り上げました。
「そうだもちろんお前も道連れだ! どうも俺は、お前がいないことにはなんの張り合いも無くて、つまらんからな! カッカッカカカ!!」
野分はもう、本当に心の底からそう思っているのでした。
そのことが、ナギには、どうしても。
どうしても、どうしても――
どうしても、嬉しくてたまらないのでした。
「そうですね。きっと、どこまでも一緒に行きましょう」
「よし」
野分は満足そうに頷くと、びゅうっと乱気流を切り裂いてゆきました。
どこまでも、どこまでも。
空はひとかけらの曇りもなく、晴れ渡っていましたから。
二人を遮るものは、もう、
どこにも、なにも、ありませんでした。
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