第6話

 それから、野分は空っぽでした。お天道てんとうさまが向こうの山から昇っても、なんだか一日が始まったように思えません。

「まったくお天道さまはいつもおごそかな日光で、景気がよくていらっしゃる。ふん」

 そう言い捨てたとこで、誰も返事をしませんでした。「お天道さまに文句を言っても仕方がないでしょう」とたしなめる声も、もう聞こえません。

 野分は、なんにでも理由をつけて山中を蹴散けちらすようになりました。特に山葡萄やまぶどうは、この十五年で色んなところへ広まっていましたが、もう熊の長老に顔を立てる必要もないため、それはもう滅茶苦茶にしてやりました。

 それでも野分は空っぽでした。野分にはもうなんにも分からないのでした。得意の気まぐれも働かず、次のどころがさっぱり見つからないので、すっかり困り果てました。

 そうして気が付けば、いつもナギのことを考えています。


「なにがどうしてこうなっちまったんだろう」


 そう呟いたところで、誰も答えてくれませんでした。山彦やまびこも、野分のことなんかすっかり忘れてしまったようでした。


 そしていくつかの候が過ぎ、霜降しもふりもみじが色付く頃となりました。山はすっかり模様替えの準備に取り掛かっていて、深緑しんりょくたたえた木々たちも毎日忙しそうです。


「秋は寂しい季節だなぁ」


 と野分が呟いても、やはり誰も耳を貸しませんでした。

 ただ、朱色の切れ端が頼りなさそうに吹かれているだけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る