第2話

 さて、山には野分のわきという風が住んでおりました。彼はまったく、ひねくれ者のお手本みたいなかぜでしたから、山中やまじゅうのみんなにひどく嫌われているのでした。

 薄野原すすきのはらが秋の空にきらきら輝けば、

「や、それは一大事だ。みんなすっかり見惚みとれてしまって、山猫のように目を金色こんじきに輝かせてしまうだろう」

 といって飛んでいき、また山葡萄やまぶどうが立派にったと聞きつければ、

「や、や、それも一大事だ。きっと熊の長老が喜んで、手あたり次第に喰ってしまう。腹を下してしまったら一大事だ」

 といって飛んでいくのです。

 このように山の噂をかき集めては、めちゃくちゃに蹴散けちらしてしまう有様ありさまだったので、野分はあらゆるいきものから距離を置かれていました。

 また風の仲間たちも、野分をまったくこころよく思っていませんでした。

 風というのは目に見えないのが普通なのに、野分はあざやかなしゅはしをいくつもまとっていたのです。だから否が応にも目立ちます。そしてよくよく目を凝らせば、朱の切れ端は漠然ばくぜんと、人の姿をかたどっていることが分かります。それは風たちにとって決して愉快なことではありませんでした。

 そういう噂を聞きつけると、野分はもうひどい剣幕けんまくおこり出すのでした。

「ええい、うるさい、うるさい。俺はこの姿が気に入っているのだ、やかましい。風が気まぐれでなにが悪い。お前らはお天道てんとうさまが昇るのに、ひとつだって文句を言わないだろう。なのに一体全体、どうして俺ばかり目の敵にするのだ、ええっ」

 野分は山中を駆け巡って叫びますが、誰も彼の声に耳を貸しません。ただ、山彦やまびこが彼をからかって笑うだけでした。

 しかし野分も気まぐれ屋で、「びゅう」と山中を巡り終えると、すっかりどうでもよくなっているのでした。


 そんなある日のこと、野分は人間の子供と出会ったのです。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る