第6話 妖精と家来と出発と

狼は走っていた。


小さな妖精をのせて。


過ぎ行く景色を眺めながら風を受け、一匹と妖精は草原を進んでいく。


順調な出だしだった。今までのことがまるでなかったかのように。


これよ。これよこれなのよ。今まではなんやかんやあったけど、ようやく旅っぽくなってきたわ。


心地よい風を感じながら山を目指して進んでいく。


はぁ~。お日様に照らされながらも心地よい風。いい気分だわ。それに何もしなくてもどんどん進んいくわ。快適快適。


そんな気分も狼がスピードを上げるまでの話。


「んっ?なんか速くなったわね。」


顔にあたる風も先程より強くなり、次第に背中に置いていた手に力が入ってきた。


最初は座ってただ手をついていた手も、だんだん力が込められていき、今では体全体で狼にしがみつくような姿勢へと変わっていた。


「ストップ。スットープ。」


どうやらモフ太郎には聞こえていないようで、スピードは上がる一方だ。


「こんにゃろ~。」


しがみつきながらも毛を掴み、ゆっくりと頭まで進んでいき。


「こらっ。」


必死にしがみつきながらも顔を叩くのだった。


それに気付いた狼も走るのをやめ振り返り。


「ちょっとスピードを落としなさい。」


そんなボサボサ髪でぜーぜー文句をいっているそれを少し眺めまた走り出すのだった。


そんな様子を大きな翼を羽ばたかせながら上空で眺めているものがいた。


先が鋭く曲がったクチバシ、獲物を捕まえるための鋭い爪、鋭い目、そんなものが上空から見つめていた。


そんなことはつゆ知らず、呑気に移動する一匹と妖精。


しかし、いつからか地面に映し出されるそんな動物の影が次第に彼女に違和感を与えていった。


「この先程から隣に見える大きな羽を羽ばたかせている影はなんなのでしょうかモフ太郎さん。」


彼女は振り返り恐る恐る空を見上げると、目を光らせ着いてくるそれがいた。


「わ~。おっきな鳥さんだ~。」


今にも襲いかかってきそうなそれから目を背ける彼女へ向かってそれは襲いかかってくるのだった。


「に~げ~ろ~。」


背中に乗って騒いでいるそれ、異変に気付いたのか狼は走り出す。


走り出したスピードは見事なもので、襲いかかってきたそれと少しずつ距離をとっていくのだが。


「ばーか。ばーか。追いついてみろ。ばーか。」


背中に乗っている彼女は必死にしがみつき、後ろを見ながら調子にのって煽るばかりで。


「あれっ。」


気が付くとモフ太郎ははるか前方で。自分は背中から転げ落ちて、離れていくそれを見つめているのだった。


上空にいたそれは見逃してはくれなかったようで、顔を向け目を光らせるとこちらへ向かって来るのだった。


「もうなんでなのよ~。」


彼女は立ち上がると。


「殺られるか~~~。」


草むらの中を懸命に走り出すのだった。


しかし、みるみる距離が狭まってくる。


「あれはっ。」


辺りを見回した彼女はなにかを目にする。


やばい。殺られる。あれをやるか。でもあれは・・・。


鋭いクチバシが近づいてきた。


彼女は考えるのをやめ、無心になり目の前のそれに飛び込むのだった。


「とうっ。」


それは生き物から出されるアレで。


彼女は里をとび出して以降危機が訪れると、たびたびそれに飛び込んでは危機を脱してきたのだ。


自分の中の何かを犠牲にして。


そんな何かを犠牲にしている最中も、それは諦めた様子はなく上空を飛びまわっていた。


「モフ太郎はなにをしているのでしょう。」


「私を見捨てたのかしら。」


無心で。


それはもう無心で何かを悟ったかのように。


そして、それから這い出すと草むらを這っていくのだった。


彼女を襲っていたそれもついには諦めたようで何処かえ飛び去った。


しかし彼女の負った心のキズは凄まじく、立ち上がったものの、まるでなにかに操られたかのようにヨロヨロと歩き出し、時間は過ぎていった。


「あれっ。ここは。なにがあっ・・・。」


気付くと葉っぱを巻きつけられた彼女はモフ太郎に咥えられていた。


彼女は考えるのをやめ、それから無言の状態が暫く続いていていくのだった。


葉っぱに巻かれたそれを咥えて移動していたモフ太郎は何かを見つけたらしく、それに向かって走り出す。


「チャプン」


葉っぱを巻きつけてぐったりしているそれを放り出したモフ太郎、一向に動く気配もなく波に乗りプカプカ漂うそれを川のほとりで見つめるのだった。


暫くすると流されながらプカプカしていたそれも次第に元気を取り戻したのか、波に逆らいながら狼の元へと泳いで向かってくるようで。


「ふぅ~。いい川ね。」


「ここで少し休憩しましょう。」


考えるのをやめた彼女はこれまでを無かった事にしようとしていた。


暫くの休憩を終えたのち山へ向かってまた移動を始めた。


「ついにここまで来たわね。」


少し先には目的の山、そして目の前に広がる森へついに足を踏み入れ、暫くしただろうか。


「キュルキュル~。」


モフ太郎のお腹からそんな可愛らしい音が聞こえ。


「あんた情けないわね。我慢しなさい。」


「グルグル~~。」


そんな彼女のお腹からはもっと大きな音が聞こえていた。


「ランチターイム。」


彼女はモフ太郎から飛び降りると、石の上に座り懐から以前作っていた花の蜜となにかを混ぜた物を取り出すと食べ始め。


「モフ太郎あんたも食べる。」


それを差し出すのだった。


しかし気に入らないのか嗅いだ後首を振り、狼は獲物を探しに走り出していった。


「なによ。せっかく分けてあげようと思ったのに。」


「まっ。獣は獣らしくまずそうな肉でも食べればいいわよ。」


文句を言いながらも食事を再開。


少しすると狼がどこからかイノシシのを捕まえてきたようで、なにやら準備を始めたよだ。


見るからに獣臭そうなそれを見て。


「あんたにはそれがお似合いよ。」


馬鹿にしていた彼女。だがどうやらそのまま食べるつもりはないらしく。


「そのまま食べるんじゃないの?」


土台を作り枯葉や枯れ枝を集め出し、石と石を器用にもこすり合わせ火を起こすと。まだ動きのあるイノシシの胸元に噛みつき血を抜きそれを焼き始めた。


「あんた野生?ほんとに野生の生き物なの?」


などとツッコみを入れていた彼女も、次第に焼き上がっていくそれを見て涎を垂らしながら。


「あっ。あんた私にもそれ分けなさいよ。」


モフ太郎にはそんなつもりはないらしく、首を横に振ると。


「なんですって。わたしの家来の分際で。」


「いっ。いーわよ私にはこれがあるんだし。」


 そういいつつ最初は自分のそれを食べていた彼女。


しかしおいそうに頬張りはじめるモフ太郎のそれを見ているうちに、勝手に獲物に飛び乗ると争うようにがっつきはじめ。


「もう食べられません。食べれません。」


彼女は花の葉っぱに飛び移ると膨れたお腹を上にして目を閉じていくのだった。


「すぴ~すぴ~。」


そうして眠りにつくのだったが。


「まだ昼っ。」


危ない。まだ昼だってのに熟睡するところだったわ。また夜に出発するはめになるところだったわよ。


辺りを見回すとどうやらモフ太郎はまだ食べている最中で。


「みっともないわね。そんなにガツガツ食べて。」


自分の膨れたお腹には目も当てずそんなことをいう彼女。


狼も満足したのか近寄ってくるのを確認すると背中に飛び乗りまた移動を始めた。


険しい斜面や木々の間を走り抜け、ときおりイタズラした蜂やなんかに追っかけられながらも、どうにかそれなにの高さへとたどり着くことができた。


 「それにしても良い物が手に入ったわね。今度これであれを作らなきゃ。」


先程手に入れた蜂の蜜を両手に抱え笑みを浮けべながらも懐にしまていった。


辺りもだいぶ薄暗くなり、ここから見下ろす夕焼けの風景は今まで見たことがないもので。


遠くに見える自分の彷徨っていた森、駆けてきた草原もここから見下ろすとほんの一部。


今いる山の一部木々の開けた場所に立ち止まりながら。


「今日はここまでね。」


まだ見ぬ世界へ心躍らせモフ太郎とともに就寝の準備を始めるのだった。

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旅と仲間と妖精と @yahayaha

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