【桜祭り編】4.りんごの木

「悪かったな、春太」


 「いえいえ、先輩は悪くないですよ」


 焼き鳥屋での予期せぬ遭遇により、楽しい雑談会の雰囲気は少し悪くなってしまった。


 春太と春奈が目を合わせた時は凄い気まづかったが、春太が先に帰る、と言い出し何事もなく終わった。


 これで良かったのかは分からないが。


 そして俺がそれを追いかけ、今に至る。


 今いる場所は『クジラ公園』だ。


 大きなクジラの遊具入口付近にがあるが、それ以外は特に何も無い。


 大きなクジラがあるからクジラ公園と名付けられている。シンプルだ。


 そこのベンチに二人で腰を掛けている。


 日はすっかり沈み、夜のカーテンが街を包む。


 辺りの明かりは乏しく、公園のライトだけが俺らを照らす。


 「なあ、春太。お前が抱えてる問題ってなんなんだ?」


 「いや、本当に大した事じゃないんですよ」


 「いいから言ってみろ。大したことじゃなかったら今すぐにでも解決出来てるはずだろ」

 

 俺は少し口調を強めてそう言う。


 「周りの人の目が、気になるんです…。自分と他の意見が違ったら、相手が気を悪くするんじゃないか、とかそんなことばかり考えて生活してるんです」


 春太は自身の抱えている問題の一部についてゆっくりと話し出す。


 俺はそれに真剣に聞き入る。


 「僕は別に、今の友達に不満がある訳では無いんです。一緒にいて楽しいですし、何より僕を大切に思ってくれる。僕も彼らが大切だ。だからこそ、関係を崩さないためにも、皆の話には首を縦に降るようにしているんです」


 右と左の道があった時、自分は左に行きたくても、みんなが右に行きたがるから着いていく、そんなところだろうか。


 しかし、話はこれだけではなさそうだ。


 「他にも、あるんだろ?」


 春太に次の話をするよう促す。


 「昔、ある出来事があったんです」


 春太は下を向いたまま話を始める。


 「それ、話して貰えるか?」


 春太は首を縦に振る。


 「僕は中学の頃、友達があまりいませんでした。最初の方はいたんですけど、僕が春奈と帰ったり、遊んだりしていたら、段々みんなが離れていっちゃって。『あいつは女好きだ』ってね」


 自嘲的に笑う春太の顔はどこか引きつっていて、目には悲しみの色が映っていた。


 「僕の学年は恋愛が盛んな方ではなかったんですよ。でも僕はみんなとも春奈とも仲良くしたかった。けどそれは叶わなかった。性別が違うと仲良くするのも許されないのか、それはおかしい、そう思ってました」


 春太は少し悔しそうに拳を握りしめる。


 「でも段々僕の中で、ある感情が芽生え始めたんです。僕が間違っていたのかもしれない、と」


 意見が割れた時、多数派が勝つ。


 例え多数派が間違っていたとしても、少数派の人は多数派に呑まれ、段々と多数派が正当化されていく。


 それと同じように春太の心の中でも大多数の人の意見が育ち始めていた。


 「だから僕は流れに身を任せてみることにしたんです。時には自分の正義を曲げることも必要なのかも知れない、人生はそういうものだ。少しずつそう言い聞かせていました。それでも僕の心の中が晴れることはなかった。それどころか、後悔はどんどん膨れ上がっていきました」


 春太は下を向いたまま、顔を上げない。


 「でも僕は流れに抗えることが出来ず、もういいんじゃないか、周りが笑えてるならいいんじゃないか、最近はそう思ってました」


 自分が間違っていたとしても、大多数が笑えてれば、変な因縁を付けられなければ、それでいい、自分が抗って軋轢が生まれるくらいなら、抗わない。


 春太はいつしか大切なものを見失っていた。


 「なるほどね」


 「先輩はどう思いますか?」


 春太は不安そうな目で俺に意見を求めてくる。

 

 春太は俺を信頼して、話してくれた。


 だから俺も春太と本気で向き合う。


 「お前は正しかった、途中まではな」


 「…」


 分かっていた答えに春太は反応を示さず、下を向いている。


 「こっちを見て聞いてくれ、春太」


 ようやく顔を上げた春太はとても苦しそうな表情をしていた。


 だから俺はそれを解くように優しく語り掛ける。


 「今の仲間といるとき、心から笑えているか?」


 「ええ…まあ…。全部が全部流れで笑っている訳では無いので…」


 「仲間が春太に相談したことはあったか?」


 「はい…。恋愛相談とかもされたことあります」


 「さっき春太も言ってたけど、それは春太のことを大切に思ってるって事だろ?」


 「それは、そうですね」


 人は大切で、信頼出来る相手にしか相談はしない。それが恋愛相談なら尚更だ。


 相談センターについてはそういう場所だから少し別だがな。


 「春太もさ、その仲間のことを大切に思っているんだろ?」


 春太がもちろん、と頷く。


 「じゃあそれを相手に伝えたか?」


 もちろん、と頷こうとした春太の首が止まる。


 「伝えてない…かもしれませんね」


 やっぱりか。


 正直、中学の人達は酷すぎだ。


 春太が春奈ちゃんに近づくと春太を突き放し、離れると近づいてくる。


 なんて勝手な奴らなのだろう。


 そういう奴らは上辺だけの友情を大切にし、班などを作る時に自分がハブられないようにしているだけだ。


 友達のため、と言いつつも本当は自分のために動いている。


 春太もそれになりかけていた。


 でも春太の根は優しく、強い。


 りんごの木がなる種を蒔いて、途中まではりんごの木だったのに、実がなるときに周りの環境によって別の木の実をくっつけられる。今の春太はそんな感じだ。


 だから俺が周りの環境として春太を元に戻す。


 「中学の時と今は違う。過去に囚われないで今を信じてみろ」


 春太はまだ少し不安な表情をしている。


 「僕に…出来ますかね」


 「大事なのは出来るかどうかの問題じゃない、だろ?」


 「そう…ですね」


 「とりあえずはその言葉を胸に刻んでおいてくれ」


 「はい…ありがとうございます…。少しだけ強くなれた気がします」


 そう言って春太は笑顔を魅せる。


 正直、今の春太はまだ迷っているだろう。だが、それでいい。


 あとは最後の一押しをするだけ。


 

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僕らだけの春をください 苫田 そう @tomadasou2020

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