【桜祭り編】3.一人で

そして現在 相談センター


 「なるほど、話の内容はわかったけど、君はどうしたいの?」


 俺は先程来た相談者と会話をしている。


 背丈は高く、顔もカッコよく、ウェイ系な感じだ。


 「僕は………どうすればいいでしょうか…」


 今の彼は武器である身長も心做しか少し小さく見える。


 「自分のやりたいようにやればいい、そう思うけどな」


 「仲直りして、想いを伝えたい気持ちはあります」


 「なら、それをぶつけるだけだ」


 「それが難しいんですよ」


 「うーん。なるほどねぇ」


 ついさっき、俺のところに相談に来たのは一年生の内山 春太だ。


 俺と椿と同じ桜庭中学校の出身。


 俺は認知しているが彼は認知しているのだろうか。


 ちなみに、桜庭中学校はこの東和学園から意外と近い。


 だから、この学校には桜庭生がそこそこいる。


 そして彼には幼稚園から高校までずっと同じ幼なじみの女の子がいるらしい。


 その幼なじみの子と去年、彼が中三の時の『桜祭り』で喧嘩してしまい、どうしたらいいか、という相談だ。


 彼、春太が言うには自分が百パーセント悪い、とのことだ。


 これから色々聞いていこうと思っているのだが、話は進まずにいる。


 想いを伝えたいなら伝えれば良い、そう思っていたのだが。

 

 どうやら俺が思っているほど、簡単なことでは無いらしい。


 幼なじみという存在がいない俺にとってはなかなか難しい問題だ。


 一般的な人は幼なじみとどれくらいの距離で接したりしているのだろうか。


 くそっ、もっと椿と話していれば良かったっ!


 寂しい男の寂しい後悔。実に寂しい。


 まあそれは置いといて、このままでは話が進まないので俺は別の作戦に移る。


 「春太くんさ、桜庭中学校だよね?」

 

 まずは春太と打ち解ける作戦だ。


 いくら相談センターに来たからと言って、春太も俺を完全に信じ切ってはいないかもしれない。

 

 それに俺自身、春太の性格もまだハッキリとわかっていない部分が多い。


 だから、俺はこの打ち解ける作戦に移った。そう、その名も『仲良し大作戦!!』


 同じ地元同士だとローカルな話でかなり盛り上がる、というのを聞いたことがあるので、早速使ってみることにした。


 「はい。そうですけど…」


 春太は少し困惑した様子で返事をする。

 

 あれ、作戦失敗しそう。


 「俺も桜庭中学校なんだよね」


 「あ、そうだったんですか」


 春太は初耳だ、と軽く驚いた表情を見せた。


 俺は春太に悟られないように、心の中でそっと悲しむ。


 「それでさ、桜庭駅に行く道の途中にさ、焼き鳥屋さんわかる?」


 「あ、『おひトリ様ですか?』ですよね?」


 『おひトリ様ですか?』とは桜庭生の打ち上げなどによく使われる場所だ。


 そこら辺のお互い店より、かなり美味しい。


 店長曰く、秘伝のタレがあるとかないとか…。


 やばい、考えただけでもヨダレが出てきそうだ。


 「そうそう!行ったことある?」


 「まあ、何回かあります」


 「今日この後、空いてる?」


 「は、はい」


 春太は一瞬戸惑いつつも、承諾する。


 「じゃあ帰りに寄ってかない?」

 

 「分かりました」


 俺のコミュ力が功を奏し、帰りに寄っていくことになった。


 決して先輩から後輩への圧で成功した訳ではありません。パワハラでは、ありません。

 


 

 ***




 春太が幹斗に相談しに行っている頃、


 「水野先輩、ちょっといいですか」


 教室で用を済ませ、相談センターに向かっている椿に話しかけたのは一年生の宮田 春奈だ。


 春太の幼なじみで、まさに今喧嘩中の相手でもある。


 背丈は平均くらいで、黒髪のボブヘアーの子だ。


 「はーい……って春奈ちゃんじゃん!どうしたの!」


 「お久しぶりです。実は相談がありまして…」


 春奈は頬をポリポリ掻きながら、少し言いづらそうに話し出す。


 「なになに、なんでも話して」


 椿は両手の拳をぎゅっと握りしめて、春奈を見つめる。


 春奈と椿は中学時代部活が同じであったため、仲が良い。


 春奈にとって椿は頼れる先輩だ。


 「春太っているじゃないですか、私の幼なじみの」


 椿に見つめられて、言いづらそうにしていた春奈は相談の内容を話し出す。


 「うんうん!背が高くて黒髪の春太くんでしょ!覚えてるよ!」


 「実は去年の桜祭りで春太と喧嘩しちゃって…」


 「え、そうだったの!?あんなに仲良かったのに!」


 椿は信じられない、と口を大きく開いている。


 春太と春奈が喧嘩したのは椿が卒業した後の春休みだ。


 春奈とは度々連絡を取っていたものの、当然椿はその事を知らなかった。


 「その事で少し相談がありまして…」

 

 「なるほどなるほど。任せて!場所変えた方がいいよね!」


 明らかに学校の廊下で長話することでは無いと察した椿が場所変更の提案を出す。


 「そうですね、どこにします?」


 「んー『おひトリ様ですか?』はどう?あそこなら個室もあるし、いいんじゃないかな?」


 「私も今同じ場所考えてました」


 いえーい、とハイタッチ交わす二人。


 春奈も明るいところが少し椿に似ている。




 ***



 


 「やっぱり美味いっすね、ここ」


 さっきまでの暗い表情とは打って変わって幸せそうな顔をしながら焼き鳥を食べる春太。


 「そうだな。春太は何が一番好きなんだ?」


 「んーどれも好きですけど、一番はモモですかね」


 「お、俺も同じだ」


 そう言って、モモを頬張る俺と春太。


 学校終わりでお腹も減っていたため、さらに美味しく感じる。


 一口、さらにもう一口と手が止まらない。


 店内はそこそこ広く、個室、カウンター、テーブルと別れている。


 個室も空いてたが、大人の男感を出したい、という謎の理由でカウンターで食べることを選んだ。


 ちなみに、ここの店は入る時に『おひトリ様ですかー!?』と聞かれる。


 店主が独身らしく、同じく寂しい人を探しているらしい。


 「あのサイン誰のなんだろうな」


 店内には有名人らしき人のサインが飾ってある。


 中学からたまに来るが、未だに誰か分からないので聞いてみる。


 「僕も全くわかりません」


 「だよな」


 二人で笑いながら話していると、店長が『俺に聞くなよ!?』って目で見てくる。


 多分あまり有名じゃないんだろう。


 聞かないでおくよ、店長。


 こういった雑談ばかりをしていたが、ここで俺は疑問に思っていた点について聞いてみる。


 「なあ春太」


 「なんですか?」


 「春太と春奈ちゃんは去年の桜祭りから話さなくなったんだろ?」


 「はい、そうです」


 先程より若干トーンが下がった声で春太が答える。


 「じゃあなんで、同じ学校に来てんだ?」


 たまたま、っていう可能性も捨てきれないが、一応聞いてみる。


 「実は、中学二年生の時に二人でここに入ろうって約束してたんです。僕らの住んでいるところからこの学校って結構近いじゃないですか。それで偏差値もそこそこ高かったので」


 「なるほど、そういうことだったのか。春太がここに来た理由はわかったが、なんで喧嘩したのに春奈ちゃんはこの学校に入ったんだ?」


 そう、俺はここに気になっていた。


 喧嘩したなら避けて、別の学校を選択すれば良い。


 この学校と同じくらいの偏差値の高校は近くにもう一つある。春奈ちゃんが本当に嫌がっていて、話したくないと思っていたなら、そっちの学校に行くという選択肢もあったはずだ。


 それに、うちの学校は特別強い部活があるわけでもない。


 だからこの学校にこだわる必要もないのだ。


 「それは、分かりません」


 鈍感な男はモテませんよ、春太くん。

 

 赤ちゃんでも分かる謎解きのように簡単だ。


 春奈ちゃんも春太のことを諦めきれてないんだ。


 春太はそれに気づいていないのだろうか。


 「春太、春奈ちゃんも春太のこと好きだと思うぞ」


 俺がそう言うと春太はお茶を吹き出す。


 「な、何言ってんですか!そんなわけ!」


 「だってさ、同じ学校来てる時点でそんな感じしない?嫌いならここと同じくらいの偏差値の上塚高校行ってるだろ。近いし」


 「そ、それは…!」


 春太は一度黙り込む。


 「………違うとも言い切れませんね」


 春太は少し顔を赤らめて、小さくなる。


 「だろ?ならあとは気持ちを伝えて、この問題は解決だ。はい、相談料一万円になりまーす」


 「金とるんですか!?しかも高っ!」


 小さくなっていた春太は一瞬で大きくなる。


 「冗談だって。でも、さっき相談センターで話した通り、好きだって伝えちまいなよ」


 「だからーそんな簡単な事じゃないんですよ」


 「お前が抱えているものを言ってくれなきゃわかんないだろ」


 「それは、そうですね」


 春太は自信が抱えているものを言えずにいる。


 それを言えることができ、解決することが出来れば終わりだ。


 だが、それを俺に打ち明けることが出来なければ、話は一生前に進まない。


 春太自身もその問題を乗り越えなければいけない、と考えているだろう。


 でもなかなか話せないらしい。


 「ちょっとトイレ行ってきますね」


 「おう、いってら」


 春太は席を立ち奥のトイレへと向かっていく。


 長い間我慢していたのか、少し早歩きだ。


 気使わずに言ってくれれば良かったんだがな。


 春太と春奈ちゃんの問題は簡単なようで難しくて、難しいようで簡単なのでは無いか。


 俺の考えてることが難しいな。


 「やっほー」


 俺が春太のことについて考えていると、元気な声で話し掛けられる。


 声の主は椿だ。


 相変わらず、身振り手振りが大きく顔も可愛いので目立つ。


 「おー偶然だな、椿…とそちらは?」


 「一個下の宮田春奈です」


 椿の隣にいた黒髪ボブの女子生徒は宮田春奈、と名乗った。


 俺はその名前に少し聞き覚えがあった。


 「あー、なるほどなるほど、宮田春奈ちゃんね」


 少しずつ、俺の体から汗が滲み出てくる。


 「私の事知ってるんですか?」


 キョトン、とした顔で俺を眺めている。


 「ああ、どこかで名前を…」


 あ、


 春太の幼なじみだわこの子。


 俺は気づいた瞬間気を失いそうになった。


 これは下手したら修羅場ってやつになりますよ!


 早く帰ってきてください春太さん!あ、やっぱ帰ってきちゃダメだ春太は。

 

 一生便器に頭突っ込んどいて!


 「あれ、水野先輩じゃないですかー」


 俺の願いも届くはずがなく、春太が何も知らずに首の後ろポリポリ掻きながら帰ってくる。


 あ、終わった。


 「え、春太くん!?」


 椿も何かを察したみたいだ。


 椿と俺は目を合わせる。


 『あ、終わった』


 多分椿もこう思ってる。


 「「え?」」


 春奈ちゃんは椿の呼んだ名前に驚き、春太は椿の隣にいる存在に驚いた。 


 俺と椿が困っていると、


 「おひトリ様ですかー!?」


 店内に空気の読めない声が鳴り響く。


 いや、むしろ空気を読んでくれたのかもしれない。

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