第8話 あるようで無い選択肢 ★

 


 現状把握と今後の方向性を決める為の、頭の整理を兼ねた質問。

 それらが全て終わり、グランは体中に溜まっていた息を全てを吐き出す勢いで深く長いため息を吐いた。


 そして、胸の前で腕組みをする。




 一番避けなければならない事態は、この件が『王族案件』に発展する事だ。


 これは簡単、自分の命が脅かされる事態など、誰も好んで望みはしない。




 そしてその次点が、この噂が長引く事。


 この噂は、社交にとって非常に不利だ。

 それはこの件が『王族案件』に関わる事だからというものあるが、そもそも良くない噂が流れる事も問題である。


 立場が悪くなれば、社交上周りは強気に出てくる。

 そうなれば、酷く面倒だ。


 下手に邪険にすればその相手の手によって元々の噂に追加燃料が投入され、噂は更なる被害を侯爵家の看板へと齎すだろう。



 どちらにしろ、火消しは早い方がいい。


 一刻も早くこの件を終息させて例年通りの社交を行わなければ、来年度の領地経営に影響するかもしれない。

 そうなれば、自分の実入りがそれだけ減る事になるのだから。




 そしてその次が、モンテガーノ侯爵家の面子が潰れる事がない様にする事だ。


 これについては、最早「あわよくば」である。

 勿論程度の問題はあるが、少しくらい家の面子が潰れたところで巻き返す事はすぐに出来る。




 そんな風に前提を組み立てて、グランは「さて」と考える。



 今回の件を解決する方法は、大きく分けて3つ。


 1つ目は、そのまま放置をして嵐が通り過ぎるのを待つこと。

 2つ目は、噂を真っ向から否定し全ては「オルトガンのせい」だと流布する事。

 3つ目は、噂に対する一定の事実を認めオルトガンとの和解を周りに強調する事。



 まず1つ目は、ありえない。


 このまま置いておけば、嵐が過ぎるのはおそらく今年の社交終わりだろう。

 そうすれば間違いなく領地経営に響くし、何より『王族案件』になる可能性も上がる。



 2つ目は、とても難しい。


 これを選択する場合、先の噂に真実を曲げた噂をぶつけつつ、その一方で伯爵家に対してネガティブキャンペーンを行う必要がある。


 どちらも勝つのが難しい。

 なのに、その両方で勝利を収めなければ勝つことは出来ない。

 それはとても不利なハンデである。



 3つ目は、上の2つよりも早く解決できる可能性が高い。


 加えて、この件がもしも万が一『王族案件』に発展したとしても、和解という切り札は使える。

 既に話がついている案件を今更蒸し返すのは野暮だと、王族側に思わせれば良い。


 ただ一つ問題があるとすれば、あのオルトガンに対して一定の事実を認めて謝罪する必要がある事だ。


 それは実に屈辱的である事だが、背に腹は代えられない。

 つい先ほど前提としてそれは優先順位を下げると決めたのだから、ここは目を瞑る事にする。




 つまりそうなると、選択肢はたった一つしかない。


(――こんなもの、逃げ道など無いではないか)


 グランは、取れる選択肢の『仮初(かりそめ)さ』に気が付いて、思わず愕然とした。


 そして今正に自分を窮地に追い込みつつある、あの令嬢の事を脳裏に映す。




 「花の妖精のよう」という言葉がしっくり来るような容姿の令嬢・セシリア。

 そんなたった10歳の子供の抜け目のない立ち回りに、思わず「見事だ」と称賛する。


 今回の件、流石に彼女の策略だという事はないだろう。

 果たして偶然の産物か、母親の策略か。

 その答えは分からないが、確かなことが一つだけある。


 それは、彼女が落ち度のある行動を何一つ取っていないという事だ。


 あちらの行動に落ち度が無いからこそ、こちらは付け入る隙がない。

 それを「見事」と言わずして何と言うのか。



(やはりあの時の私の判断は間違っていなかった)


 グランはそう独り言ちる。



 あの時というのは、彼女に初めて会った6年前だ。


 その時の彼女に目をつけた理由は、2つ。

 1つ目は、容姿が将来有望そうだった事。

 そして2つ目は、4歳にして綺麗なカーテシーをしながら自己紹介をしてきた事。


 それはあまりに年齢にそぐわない振る舞いだった。

 しかし同時にとても印象的で、そこに将来の有望さを見て、嫁入りを打診した。


(うんうん、流石は私)


 そんな風に過去の自分を自画自賛する。




 彼は夢にも思わない。

 その彼女が、今回の件を意図的に引き起こしているなどという事は。


 幾重にも策を織り込んで逃げ道を塞いでいくそのやり口は、彼の嫌いなワルターによく似ていた。

 だからこそ、彼は父親の関与を疑った。 

 が、彼が辿り着けたのはそこまでだった。



 宿敵・ワルターへの関与を思い苛立ちが感情を収める器から決壊しそうな気配を感じて、グランはそこで思考を辞めて眉間を揉み解す。


 忘れていた頭痛がぶり返してきた気がする。


 それもこれも、全て。


(ワルターのせい、そしてこの面倒な噂のせいだ)


 昨日から眠れていない。

 お陰で今の自分は疲労困憊だ。


 そしてだからこそ、思考が変な方向に脱線してしまう。



 今すべきは感情に振り回される事ではなく、今の状況を打開する事だ。

 そう自分に言い聞かせて、グランは思考をむりやり軌道修正した。



 そして、心中で呟く。


(――まずは謝罪の手紙を書かねばなるまいな)


 そうして仰いだ天井は、いつもと何ら変わりない。

 しかし何故か、グランには少しくすんで見えたのだった。



 ***



 同日、午後。

 グランはオルトガン伯爵家に対して手紙を書いていた。


 内容は、今回の件についての謝罪。

 そして仲直りの為の、我が家のお茶会への招待である。


 そのお茶会は以前から予定していた物で、開催日は4日後。


 既に出席者なども決まっているが、そこにオルトガンを追加して、両者の和解を大々的に周りに示す。

 そうすれば最短で事が解決できると考えたのだ。


 元々予定していたお茶会だから、この手紙以外は特に追加で何かをする事もない。

 楽に事が片付く方法を思いついて、グランは鼻歌まじりに謝罪文を書き上げる。



 そうして完成したものを3秒ほど眺めてから、グランは「うむ」と頷いた。


(これならば、アレも快くこちらの謝罪を受け入れ、喜んで要望を呑む事だろう)


 そんな風に思いながら、その手紙をすぐに届ける様に指示する。


 王都のオルトガン伯爵邸は、モンテガーノ侯爵邸から馬車で約15分。

 すぐに届けたとして、今日中には返事が届くだろう。


 受け取ってすぐに読み、返事を書いて送り返す。

 その手順と所要時間を大まかに算出しながら、グランは満足げに笑う。



 この時、グランは実に清々しい思いだった。


 返事が来るのが待ち遠しい。

 そんな風に思いながらも「まぁ向こうからの返事など、返事を待たずとも分かっているがな」と思いもする。



 彼はきっと、世界は自分を中心に回っているという幻想を信じて疑っていなかった。


 それはもしかしたら少しくらいは昨夜からずっと張りつめていた緊張の糸が緩んだせいもあるかもしれないが、彼元来の気性も原因だっただろう。



 ――結局その日、オルトガン伯爵邸から返事は返ってこなかった。




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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413976954629


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