第9話 謝罪の手紙を受け取って

 


 例の手紙が出された、翌日の午前中。

 オルトガン伯爵邸のリビングでは、セシリアが父・ワルターとソファーに向かい合って座っていた。


「来たぞ、セシリア」


 そう言って差し出された一枚の手紙の送り主を見ると、セシリアは一度視線を上げた。


「読んでもいいのですか?」

 

 そう問えば、ワルターからすぐさま「構わん」という簡潔な返事が返ってくる。

 


 勧められるままに、セシリアはその手紙を手に取って読み始めた。

 しかし内容を読み進めていく内に、段々とその表情が苦みを増していく。


 そして全て読み終わった後。


「何ですか、これは」


 ため息まじりにそう言ったセシリアの顔には、紛れもない呆れの色が灯っていた。

 


 開いたまま手紙をテーブルの上へと置いたセシリアに、読み終わるのを終始無言で待っていたワルターが苦笑する。


「思わずそう言いたくなるお前の気持ちはよく分かる」


 そうやってまずは一言セシリアの心情に理解を示してから、グランは疲れたため息をつく。


「謝罪文、のつもりなんだろうな。おそらくは」


 「おそらく」という言葉が最後に付いたのは、それだけ手紙の内容が残念だからだ。



 この手紙の送り主の名は、モンテガーノ侯爵・グラン。


 彼の名を見た時、ワルターはその手紙の内容に大方の予想を付ける事が出来ていた。

 

 読んでみて、分かったことは2つ。

 1つ目は、実際にその予想は当たっていた事。

 そして2つ目が、予想以上にその手紙が残念な出来だった事だった。



 どの程度残念だったのかというと、あまりに残念過ぎてとりあえず一晩寝かしてみる事にするくらい残念だった。


 もしかしたら何らかの脳疲労が溜まっていて、そのせいで残念に見えるだけかもしれない。


 そんな現実逃避じみた考えで一晩熟成させたソレは、残念ながら翌日になったところで、全く変わらぬ残念さだった。




 その手紙は、実に長々と書き連ねられていた。

 季節の挨拶から始まり、貴族特有の回りくどい言葉が使われている。

 そんな手紙だ。


 とりあえず脳内でソレを要約してみると、大体こんな感じになる。


==========================


 先日の王城での社交パーティーでは、どうやら私の息子がセシリア嬢にちょっとした迷惑をかけた様だな。

 まずはその事を此処で謝罪しよう。


 必要ならば汚したドレスも弁償するので、欲しいのがあれば言ってくれ。



 ところで、最近社交界では「私の息子とセシリア嬢が不仲だ」という噂が流れてしまっているようだ。


 事実とは違う噂が流れるのは社交界の常だが、やはりそのままにしておくのは互いにとって良くないだろう。


 そこでだ、今度我が家で社交のお茶会を催すのだが、是非ともセシリア嬢にも顔を出してほしい。

 その席で「2人の仲が本当は良好だ」という所を周りに示せば、きっと妙な噂もすぐに消えるだろう。

 家の名誉の為に、互いの協力し合おうじゃないか。


 お茶会は今日から4日後の午後だ。

 参加連絡を待っている。


==========================


 こんな手紙を読まされれば、誰だって辟易とするだろう。

 だって、こんなにもツッコミどころが満載過ぎるの手紙なのだから。



 この文面を読むに、おそらく今のモンテガーノ侯爵家は、想定通りの状況に陥っているのだろう。


 社交界の噂としてあの日の真実が流れ、貴族達からは遠巻きにされ、『王族案件』に恐怖する。

 そんな、セシリアの当初からの想定通りの状況に。


 そしてその対策として、放置でも反発でもなく彼らは和解を選択した。

 その心の変遷が、セシリアにはまるでこの手紙一つで手に取るように理解できた。



 しかし。


(その選択をしての『謝罪の手紙』なんだったら、もうちょっと取り繕い方があるでしょうに)


 まずはそう、ツッコミを入れたい所である。


 中でも1番目につくのは。


「そもそも、文章の比率からしておかしいです」


 この手紙の主旨は、おそらく『私への謝罪と協力依頼』だろう。

 しかし本来、謝罪ありきの協力依頼だ。

 なのに謝罪には全体の4分の1、協力依頼には4分の3の文章量が割り当てられている。

 

 普通は比率が反対か、精々2分の1ずつといった所だろう。


 だというのに。


「これでは『こちらがあちらを許す』という前提で手紙を書いているとしか思えません」


 そう指摘したセシリアに、ワルターが深く頷く。


「実際に『わざわざこちらから謝罪名目の手紙を出してやったのだ、許すのは当たり前だ』とでも思っているのだろうな、あちらは」


 もしもそれがあちらの本心であったとしても、だ。

 普通はその辺を隠して然るべきなのである。


 それなのに、この手紙からは残念ながらそんな気持ちがダダ漏れである。


 そんな手紙を受けてまさか好印象な筈もない。


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