第3話 悪だくみする3つの笑顔 ★


 ここまで言い終わると、セシリアは一度紅茶で口を湿らせた。

 そうしてゆっくり5秒ほど経った後、セシリアは「次に」と話を再開する。


「クラウン様の件についても、基本的には向こうのアクション待ちですね」


 昨日、会場でキリルが聞いたという例の噂。

 それについては対処が既に終わっている。

 おそらく既に『芽吹き』は迎えているだろうから、じきに消えるだろう。


 それに今日、両親がが別々の社交場に出席している。


(おそらくそこでも、各自アクションを起こす。主に噂の方向性を微修正するために)


 セシリア達子供より数段、否、何十段と場数を踏んできている両親だ。

 任せておいて問題ないだろう。



 そして、そうなれば。


「おそらく明日中くらいには『真実』を加味した噂が確実に流れます。そうなれば、困るのは私達ではなくあちらです」


 言いながら、セシリアが『良い』笑顔を浮かべた。

 するとその笑顔に答える様に、マリーシアも同系統のソレを浮かべる。


「今後はしばらくの間その話で持ちきりでしょうね、社交界は」


 そして、悪戯っぽい笑顔で「まぁこちらに故意にちょっかいを出したのだから、そのくらいの罰は受けてもらわないとね」と言ってくる。



 すると兄までもが「まぁ噂が広まれば困るのは元凶よりもその親の方だろうけど」と前置いた上で、苦笑まじりに乗ってきた。


「そこはまぁ教育不足の罰という所かな。それに、きっと両親から大目玉を食らうことになるだろうしね」


 だから、何も本人に罰が無い訳でもない。



 まぁ。どちらにしても。


「可能な限り効率的に片づけようと思っています。だって腹の立つ相手の為に使う時間は惜しいですから」


 セシリアは、そう言うとニヤリと笑みを深めた。


「まぁあちらには時間を浪費していただきますけど、ね?」


 そう言えば、兄姉2人と視線が交わる。


「あらキリルお兄様、とっても悪いお顔になっていますよ?」


 そう言われてキリルに注目すれば、確かに『そういう顔』になっていた。

 きっとセシリアの言葉から事の結末を想像でもしたのだろう。


 しかし。


「そう言うマリーだってあまり人の事を言えないような顔になっているよ? それに、セシリーもね」

「あら、本当ですか?何故でしょう、不思議ですね」


 悪巧みをするワルターとよく似た表情の3人が、そこには居た。


 そんな3人を眺めながら、ゼルゼンは「これがオルトガン伯爵家の血か」などと、半ば現実逃避をするしかない。




 これより先、セシリアの策謀が始まる。


 それは社交界を巻き込み、大いにかき回し、その嵐の後には大きな爪痕を残る結果になった。


 その幕は、既に上がっている。


 



◇ ◇ ◇ おまけ。◇ ◇ ◇


 3人で顔を見合わせて笑っていると、キリルが不意に「あれ?」と声を上げゼルゼンへと視線を向けた。


「そう言えばゼルゼン、クラウン様の話し相手って公爵家のエドガー様だったんだよね?」

「はい。クラウン様は確かに彼をそう呼んでいました」


 確認するようなその声にゼルゼンが答えると、すぐさま「おかしいな」という声が漏れ聞こえた。


「確かにエドガー様にはもうすぐ結婚予定の婚約者が居て、その相手は見目も良い方だと思うけど……2人の馴れ初めはそんな強引な感じじゃなかった筈だ」


 顎に手を当てながらポツリ言い、「ねぇ? マリーシア」と妹に話を振る。


 すると彼女が「あぁ」と応じた。


「そう言えばそうですね。二人の馴れ初めは、確か……」


 そう言って、マリーシアは疑問顔のセシリアとゼルゼンに説明してくれる。



 とあるパーティーで、エドガーはつまずいて転んだ拍子に令嬢のドレスを汚した。

 彼はそんな現状に慌てふためき、すぐさま新しいドレスを用意させて彼女を着替えさせた。


 それを機に、2人の交流が始まったらしい。


 しかも、アプローチはエドガーからの一方通行だったらしい。


 彼は彼女に色々な貢物をして機嫌をとり、何だかんだと頑張って、今回やっと婚約に漕ぎ着けた。



 実際は、そういう経緯なのだと。


 つまり、それが示すところは。


「エドガー様がクラウン様に話した内容は、ただの虚言だったという事ですか?」

「うーん、まぁそれに近くはあるよね」


 きっかけは確かにソレだったのかもしれないが、アプローチはエドガーの一方通行。

 令嬢はそれに根負けした形だ。


 一方彼の文脈は、明らかに「あちらが望んで婚約に至った」という趣旨になっている。

 

 加えて、ドレスを汚したのは計算づくではなくただの偶然だ。


 これでは虚言と言われてしまっても仕方がないだろう。

 


 という事は、だ。

 


 室温が下がった。

 その元凶は、間違いなくセシリアだ。


「それはつまり『エドガー様の虚言のせいで、私は要らぬ被害を被った』という事ですね……?」


 その顔には、母譲りの『ブリザード』を笑顔が浮かんでいた。



 目の奥が笑っていない。

 それがこの笑顔の最大の特徴だ。


 そして、場合によっては『視線の先の相手を凍らせる』という付与効果まで発揮されることもある。


 もしもエドガーがこの場に居たら、そうなっていただろう事は想像に難くない。


「私」


 セシリアが、ポツリと独り言ちた。


「今まではクラウン様方にのみ反省したいただければそれで良いと思っていたんです」


 ブリザードが、その強さを増す。

 

 どう考えても、これは不穏な雰囲気だ。

 しかし兄姉は、そんな彼女を止める気配は全くない。


 2人して「自業自得だ」と言わんばかりに微笑みながら、ただただ末妹を見守っている。


「どうやらもう1人、お灸を据えるべき方が居たようですね」


 この時。

 セシリアの犠牲者リスト(仮)に、新たな名前が追加された。



 そしてそれと同時刻。

 エドガーが酷いくしゃみを……したとか、しなかったとか。




 ↓ ↓ ↓

 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413976948429


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