第2話 まずは、断固拒否
そんな2人をニコニコとしながら見ていると、その視線に気づいたキリルは、一度大きく咳払いをしてから「それにしても」と話を少しばかり強引に戻す。
「僕、騒動は見てなかったんだけど、ちょうど2人が退場するところからは見てたんだ。退場後すぐに馬車が来たのは、もしかしてゼルゼンの仕事?」
2人が退場したのと迎えの馬車の音のタイムラグが無かったように思うんだ。
そう言いながらキリルがゼルゼンへと視線を向けると、問われた本人が「はい」と頷く。
「セシリア様のご様子を拝見していれば『これは途中退場する気だな』という事はすぐに分かりましたので」
ゼルゼンがその予兆に気付いたのは、どうやらセシリアが他の令嬢達に辞去を告げる直前だったらしい。
「御心が既に家に向かわれてしまったと分かりましたので、急いで馬車の手配に走りました」
気付いたタイミングも、どう気付いたのかも。
セシリアにとってはどちらも初耳だった。
しかし聞いてみれば「確かに」と合点がいく。
(確かに歩き出した時には、ゼルゼンの追従はなかった)
その時近くに居たのは、彼ではなくてポーラだった。
今考えると分かる。
ポーラはきっと仕事を引き継いでから馬車を呼びに走ったのだろう。
セシリアがそんな風に納得している内に、今度はマリーシアが疑問を口にする。
「ねぇゼルゼン、クラウン様の行動にはどこか既視感があるのだけれど……もしかしてゼルゼンが聞いたあの話って」
「はい、聞き手側がクラウン様でした」
ゼルゼンがそう言って肯首すると、マリーシアが「やっぱり」と声を上げる。
そして。
「阿呆なのね、クラウン様って」
呆れを隠さない声がそう呟く。
謝罪の後、彼は気軽に別室にセシリアを誘った。
しかしそれにホイホイとついて行く様な事、淑女ならば絶対にしない。
何故なら。
「異性と共に密室に移動するというのは、周りに2人が『そういう』関係であると誤解されるリスクがあります」
だからこそ、分別のある淑女は不用意にそのような行動は起こさない。
もし本人がそれを知らなかったとしても、お付きの使用人が止めるだろう。
ゼルゼンだってルクから教育を受けた身だ。
もし万が一セシリアがそんな危ない橋を渡ろうしようものなら、間違いなく止めただろう。
「それが分からないとでも思っているのか、それともそれをリスクと思わずに喜んでついて行くと思ったのか」
セシリアが言葉を続けてため息をついた。
しかし2人の思考には、もう一つの可能性がうっかり抜けてしまっている。
クラウン自身がそのリスクを知らない可能性だ。
その様なリスクにすぐ思い至る10歳は、限りなく少ない。
セシリア達が例外なのだ。
まぁ、その場合も結局は使用人が止めるだろうか、実際に望まずそのリスクを背負う事にはなりえないのだろうが。
と、ここでやり取りがひと段落したからか。
3兄妹は揃って、ティーカップを手に取った。
そして会話に酷使した喉を労うかのようにゆっくりと喉を潤す。
そうしてささやかな休息時間を置いた後、キリルが話を切り出した。
「それでセシリーは、今後はどう動くつもりなの?」
「それは私も知りたいわ。それによって私達の動き方も変わるし」
キリルがティーカップを片手に尋ねると、マリーシアがそこに言葉を重ねた。
そんな2人の声を受けて、セシリアは一度手元のティーカップに視線を落とす。
カップの湖面には、セシリアの顔が映っている。
「そうですね、まず第二王子の件についてですが……」
そこまで言うと、湖面のセシリアがフッと微笑んだ。
「こちらから動く事はしません」
「そう、まぁそれが一番妥当よね」
セシリアの声にほのほのと答えたのは、マリーシアの声だ。
セシリアは『王子と仲良くする権利』を貰った。
しかしだからといって、自分から彼に接触しにいく必要は無い。
彼に関わりたくないのならば尚更だ。
しかしセシリアから接触せずとも、あちらから来られたら避けようもない。
だから。
「次に会った時には……やはり面倒なので、『それなり』の対処をしてみようと思います。ミソなのは頂いたのが『権利』である事ですね」
そう言って微笑めば、キリルは「あぁ」と納得の声を上げる。
そして「それならこちらもそれを前提に動いておくよ」と軽く答えた。
そんな彼との以心伝心を、セシリアは1ミリも疑わない。
セシリアが辿り着いた答えに兄がたどり着けない筈がない。
そう確信しているし、実際にそれは正しい。
マリーシアがティーカップをソーサーに置いた。
そして悪戯っぽくクリスと笑う。
「でも良いの? 拒否してしまって」
「だって面倒しかないでしょう? あんなの」
答えを分かっていて戯れに尋ねてきたその声に、第二王子を『あんなの』呼ばわりした上で、セシリアが「私が『面倒』が大嫌いな事は、お姉様だって知ってるでしょう?」と口を尖らせる。
「だって彼、王権なんて面倒な物を持っている癖に王族としての自覚に欠ける子なんて、一々相手にしていられません」
そんなセシリアの言葉に、マリーシアがフフッと笑った。
そして「確かに」と同意する。
するとため息を吐きながら、セシリアが「それに」と言葉を続ける。
「そんな物に関わったら十中八九周りから疎まれます。そんなの面倒過ぎます」
それは紛れもない、セシリアの『断固拒否』の意志だった。
セシリアが彼に対して態度が軟化する事がもしもあれば、それはきっと彼の付属品である『王族の権力』への忌避感を補って余りある、彼個人の魅力が見つかった時だろう。
そして、きっとそれは『興味』や『好奇心』という名の形をしている筈だ。
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