エピローグ

第1話 全容解明と、鈍感キリル

 


 セシリアが殊の一部始終を話し終わると、キリルが「なるほど」と呟く。


「つまり第二王子の件と侯爵子息の件、この別々の2つが混ざり合ってあんな噂になった訳だ」


 セシリアが第二王子とモンテガーノ侯爵第二子息を誘惑した後、足早に帰っていったらしい。

 それがキリルから聞いた噂話だった。


 それに対する事実は、王への謁見の際、第二王子がセシリアにだけ声を掛けた事。

 そしてモンテガーノ侯爵の第二子息・クラウンが、セシリアのドレスを汚した上で恩を着せようとしてきた事。

 この2つである。


 事実を掛け合わせた上でちょっぴり悪意をトッピングすれば、きっとそういう噂話が出来上がる。


 まぁ、しかし。


「どちらもセシリアは被害者だというのに、一体どうやったら『2人を誘惑した』なんていう事になるのかしら」


 少しトッピングが効き過ぎよね。

 などと言いながら、マリーシアが不満げな顔をする。


 オルトガン伯爵家の子供らしく、普段はマリーシアも噂をあまり気にしない性質(たち)である。

 しかしだからといって、聞こえてきた噂話に腹が立たない訳ではない。



 そんな彼女の向かい側で、今度はセシリアが少し困った様な顔をする。


「その噂の中で私が能動的に起こした行動といえば、最後の『足早に帰っていった』という部分だけなんですが……」


 マリーシアは「妹が嘘の噂で迷惑する」という現状に腹を立てたが、完全なる当事者であるセシリアは違う。


 彼女が腹立たしさを感じるのは、せいぜい侯爵子息に対してくらいなものだ。

 それ以外に関しては、総じて『面倒だ』という感情しかない。



 そんな彼女の感情を読み取って、キリルが苦笑する。

 

「多分、デビュー早々に第二王子と侯爵家の第二子息から声が掛かったものだから、周りからのやっかみがあったんだろうね」


 だからそんなトッピングが付いたんだ。

 そんな風に指摘されて、セシリアは思わず「なるほど」と独り言ちる。


(両方とも面倒以外の何物でも無かったから、周りがそれを羨んでやっかんでるなんて思わなかった。流石はキリルお兄様)


 などと思っていると、彼がふと何かに気づいたそぶりを見えた。

 そしてニヤリと笑いながら口を開く。

 

「それにしても声を掛けられた相手が見事に家の跡取りじゃないっていう辺りが、またセシリアらしいよね」


 面倒事が少なそうで好みなんじゃない?

 からかいまじりにそう問われて、セシリアは「何をバカな」とため息を吐く。


「そもそも相手が私よりも上の身分の時点で面倒極まりないのにそのうちの1人が王族だなんて、最悪じゃないですか」


 国内で第3位の権力者ですよ?

 面倒そうにセシリアがそう漏らせば、キリルがちょっとおかしそうに笑った。


 その他人事感にむっとして、セシリアはここで意趣返しを試みる。


「……そんな事を言って、キリルお兄様もあまり他人事ではないのですよ?」


 頬を膨らませながらセシリアが言えば、キリルが「え?何が?」と言葉を返してきた。

 そんな彼に「だって」と言葉を続ける。


「私の今回の騒動は、おそらく私の容姿と相手のアホさ加減が奇跡的なマリアージュを起こした結果です。そしてその内の一つは、キリルお兄様とマリーお姉様にも大いに関係します」


 容姿。

 ゼルゼン曰く、これはセシリアだけが持っている要素ではない。


 そして、それが故に。


「お二人もこういう騒動に巻き込まれる可能性は十分にあるんです」


 そうでなくとも、先ほどゼルゼンの語った真実に3人揃って疑問顔だったのだ。

 2人だって今まであまり自分の容姿の良し悪しを意識した事が無いだろう事は、容易に想像がつく。



 しかし、まぁ。


「マリーお姉様は人の心の機微に聡いですから、自覚症状が無かった今までもおそらく上手くあしらっているのではないかと思いますが」


 マリーシアに関しては、特に心配していない。

 そう、問題は。


「その点キリルお兄様はどうなんでしょうね……?」


 知識あり、努力家で面倒見のいい兄。


 しかし変なところでたまに鈍さを発揮する彼だ。

 もしかしたらソレ系の騒動が周りで勃発しても、華麗にスルーしていたりするのではないか。


 そう思わずにはいられない。



 そんなセシリアの言葉に先に反応したのは、やはりというべきか。

 マリーシアだ。


「そうですね。確かにセシリアの言う通り、今まで何度か色恋沙汰のトラブルへと巻き込まれそうになった事がありました」


 そう告げた彼女はほのほのと微笑みながら「しかし」と言葉を続ける。


「好きでもない相手の愛憎劇に巻き込まれてあげる程、私も暇ではありません。そういう地雷は見つけ次第すぐに不発処理を施していますよ」


 そして愛憎の敵役になりそうな子達は、今ではみんな良いお友達です。


 そう言い切った姉に、セシリアは「ほう」と小さく感嘆の声を上げた。

 どうやら彼女は、周りのアフターフォローまで完璧に熟しているらしい。



 対して、キリルは。

 

(「全く心当たりが無い」っていう顔してる)


 しかし、彼も今年で15歳だ。

 貴族としては十分結婚適齢期に入っていると言っていい。


 キリルには、まだ婚約者が居ない。

 ソレは貴族家の子息としては極めて珍しい事である。

 

 

 伯爵家は、家柄としては優良だ。


 加えて伯爵家の書庫調べによると、キリル個人の評判も上々の筈だ。

 少々跳ねた噂はあるものの、人格に関する悪い噂は無く、文武両道。


 そして今日新たに発覚した、人ウケのする見た目。



 それだけ条件が揃えば、令嬢たちからのアプローチもそれなりにあるんじゃないかと思う。



 それなのに。


「僕の周りにそんなトラブルは無いよ?」


 今度は口に出してそう告げたと兄に、セシリアは疑いの目を向けた。


 そして、考える。


(……多分、お兄様じゃダメだ)


 だからその後ろに控える執事へと視線を向けた。


「ロマナ、どうなの?」

「セシリア様が御懸念されている通り、キリル様の周囲では時折色々と勃発しています」


 そんな声に、「……えっ?!」という声と共にキリルがうしろを振り返る。

 するとロマナが「キリル様はまったく気付いておりませんが」と前置いた上で、客観的事実を述べた。


「例えばキリル様の隣席や、ダンス相手の争奪戦はもちろん、よくキリル様の後ろで互いに互いを牽制している場面も度々目撃しますね」


 あれでどうして気付けないでいられるのか。

 そう言って、ロマナは深いため息をつく。


 するとそれに同意するように、マリーシアが言葉を添える。


「意中の相手でも見つかれば、キリルお兄様も少しは変わるのでしょうけれど」


 そう言って向けられたのは、残念な物を見るような目。

 そんな妹に、キリルがげんなりとなった。


「ちょっとマリー、お願いだからお母様みたいな事を言うの、やめてくれる……?」

「あら、そんなに似ていました?」


 それはとても光栄ですわ。

 からかい混じりにそう言った妹に、キリルが「勘弁してくれ」と深いため息を吐く。



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