第4話 護衛任務とリン

出発の日まで、あれから3日期間が空いた。ヴィゴロから組合に指名で依頼を発行したとの連絡が用意された宿に入り、受注し、そして準備などを済ませ今朝ようやく出発を迎えた。

「ふぅ…」

リンは用意された荷車に荷物を積み終わり一息つく。ヴィゴロは荷車を引かせるドルーンを借りにいった。ドルーンとは、六足歩行のデカい馬だ。

今いるルオーノアの港町から目的地の村までは直線距離にするとかなり近い。ただし街道の整備が滞っているので実際には開けた道を運用したりで狩場の近くを迂回する。探求者を雇い入れるか、土地勘のある人間がついてようやく到着するような場所だ。まぁそれでも2日で着くのだが。

「おう、終わったか」

リンが荷物を積み終わるのを見ていたカインが彼女に声をかける。しかし無視した。

「おーい?聞いてる?」

手を顔の前で振ったり、背中をつついてきたり、終いには頬っぺたをむにっとしてきた。よっぽど殴ってやろうと思ったが必死でその衝動を抑えた。依頼の条件にこの男の指示に従う旨があったからだ。

彼女が今こんなに頑ななのはその腰元に理由がある。今リンがつっている剣は三日月刀では無く、カインがどこからともなく持ってきた鉄の直剣だった。別に変わった特徴も無く、業物でもなんでもない。当然抗議したが全く取り合って貰えず、終いにはデコピンされて追い払われた。

「まだ怒ってんのかよ」

カインがやれやれと言った様子で話しかけてくる。

「別に怒ってない」

仏頂面でそっぽを向く。言ったものの、その言葉が実を持っていないことは態度から見て明らかだった。

「この前も言ったが、人を斬る武器と魔獣を狩る武器じゃ違う。今回お前は俺に従うのが条件になっているんだからそこの所を忘れるなよ」

「分かってるわよ」

そう言ったが目線は荷台に積まれた三日月刀を恨みが増しそうに眺めている。

本当に分かってんのかねぇ……カインはそう思ったが口には出さずにそれを黙って見ていた。

「お待たせしました!」

遠くからドルーンを引いたヴィゴロが手を振っている。


これから前途多難な護衛任務が始まろうとしていた。











2

はぁ……ひぃ……


荷車は街道から外れ、狩場の比較的浅い位置を進んでいた。ヴィゴロとカインは御者台に乗り、カインの方は周囲の警戒ヴィゴロの方はドルーンの操縦に集中している。

リンはというと…。

「ちょと…待って……」

息も絶え絶えで馬車を後ろから追いかけていた。手には何かの薬草やキノコなどを握っている。おそらく付近で採集したものだろう、キノコなどはまだ土がついている。

「何してんだ?置いてくぞぉ?……お、そこ!そこにもサシミダケが生えてるぞ!採集してもってこーい」

ははははは!と楽しそうな声でカインが後ろのリンに声をかけた。こいつ殺してやろうか……と一瞬考えて直剣を握ろうとしたが両手が塞がっていたので寸前で躊躇うことが出来た。

リンはカインの指示で辺りに生えている野草やキノコ、売れるものを採集させられていた。おおよそ護衛任務とは無縁の作業である。

当然荷車が1回1回止まるわけもないので、リンは採集をしては走って馬車に取ったものを乗せ、そしてまた採集させられては走って馬車に追いついて……これを繰り返している。体力には自信があるリンだったがこんな事をもう一刻(2時間)も続けていたのでフラフラだった。

「お願い……休ませっ……」

「まだ昼には早いぞー」

リンのこの願いをカインは即時却下する。昼には早いって…昼までこれやらされるの!?

そう考えが至った所でリンは足をもつれさせて倒れた。

「カインさん……」

ヴィゴロが心配げにリンを見る。はぁ……やれやれ。

「仕方ない…」

ヴィゴロに合図し、少し開けた場所に出た所で荷車を降りリンの元にカインが向かった。

「使えないなぁ…」

リンを見下ろしながらカインが言う。じゃあお前がやってみろとよほど言ってやりたかったが呼吸するので精一杯で声を出すことが出来なかった。

カインは水筒のコルクを抜いて仰向けのリンの顔にバシャバシャと中身をぶちまけた。水だ。

「ぶふっ…なにっ……すんのよ……」

「お前さ、バカだろ。なんで回復しないんだ?」

回復?リンは言ってる意味が分からなかった。

「はぁ?……回復って……回復剤の事?持ってないわよそんなの」

回復剤とは、大銅貨5枚程で買える丸薬だ。文字通り傷や体力の回復などに使用される。

リンの言葉においおい、こいつ大丈夫か?みたいな目を向けながらカインは言った。

「はぁ……お前さ、回復剤の材料何か知ってるか?」

「……特滋草にサシミダケよね。知ってるわよそれくらい」

探求者は不測の事態にも対処できるように、現地で手に入る材料で調薬したりする技術を基礎知識として学ぶ。回復剤の作り方など探求者なら誰でも知っているものだ。

カインは顎をしゃくってリンの手元に合図を送る。

「お前が今手に持ってるのなんだ?」

「……特滋草とサシミダケね」

「おう、そうだな。んじゃあ改めて聞くぞ?なんで回復しないんだ?」

ここまで言われたら察しの悪いリンでも分かる。つまり調薬して回復剤を作って回復しながらやれば良かっただろう……そう言われているのだ。リンはガバッと上半身を起こして抗議する。

「調薬する道具もないのに出来るわけないでしょ!大体、荷車は止まってくれないんだから仮に道具があっても出来ないでしょ!」

そもそも誰のせいでこんなに消耗してると思ってるのよ!と言ってやりたかったがそれは口から出る前に飲み込んだ。しかしカインはそれを聞くと眼差しを可哀想なものを見るような目に変えた。

「お前バカか?口の中で調薬すれば良かっただろうが」

「……え?」

「同じ手順で口に入れてよくすり潰して飲み込めば同じ効果だろうが。まぁ干したりしてないから薬効は多少落ちるだろうし味も悪いけど」

やってみろよ……。そう言われ、リンは恐る恐る特滋草を口に含み、サシミダケを齧る。

…むぐ……もぐ。

酷いえぐみだ。苦いし酸っぱい。でもそれを飲み下して数十秒も経つと痙攣していた足から熱が引き、走りすぎて痛かったわき腹も気だるげだった体調が劇的に体調が整い、身体から汗が引いていくのを感じた。

「……ほんとだ」

「ついでに言うならサシミダケを最初に口に入れてから特滋草を口に入れた方が体感、効果が高いぞ……ったく、なんでこのくらいの事思いつかないかね」

言われてリンはなんだか恥ずかしくなって俯いた。確かに、言われてみればかなり単純な事だった。これならもうちょっと楽が出来ただろう。カインは目線をちょっと鋭いものに変えた。

「お前さ、この前酒場で採集なんてちまちました事やらないとか言ってたな?でもお前が言うそのちまちました事が本当は大事なんだよ。あんときお前、怪我してたよな?でももし狩場で今と同じ事が出来てたらそこまで痛手は負わなかったんじゃないか?」

これは全くその通りだった。回復剤というのは傷が新しい程治りが早い。今と同じことが出来ていたら大半の生傷は治ったろう。 リンは答えらず表情を暗くしたがカインはさらに畳み掛ける。その顔つきはプロの…探求者としての顔つきだ。

「いいか、今お前が何も考えなかったせいで依頼人は足を止めてる。外れの方とは言え狩場の中でだ」

そう言い捨ててカインはヴィゴロの方に歩いていく。

悔しい……

依頼人の事を考えるなら初めからこんなことやらせるな。こう心の中で毒づいた。ただ、そう毒づく事しか出来ない自分がただ恥ずかしかった。











3

「リンさんはどうでした?」

先に荷車へと戻ったカインにヴィゴロが声をかけた。

「あー…そのうち来るだろ」

そういって近くの倒木に適当に腰を下ろすとポーチから干し肉を取り出してナイフで削り、口に含む。

…塩気が強いな。

「…リンさんはものになりそうですか?」

「うん?どうだろうな」

ヴィゴロの質問を飄々とした態度で躱す。別にいじわるでそうした訳では無い、今は答えようの無い質問だったからだ。

くちゃくちゃと干し肉を噛みながら空を見上げる。

(なんていうかなぁ……)

動きは悪くない。初めて腰に吊った直剣をしている割に体幹にさほどのブレもないし、まぁ体力面もおおまけにまけて及第点だ。伸びる可能性は十分にあるだろう。

ただ探求者としてものになりそうかと言われればそれは分からなかった。

会った時から気づいてはいた。あいつは今、最も根本的な事に気づいてない。それはさっき口にした採集の話とか武器の事とかそんなのよりもっとはじめに胸に秘めていなければいけないものだ。それがあるのとないのとでは違ってくる。あっても大成しない奴もいるにはいるが逆に無くても大成してる奴は1人も見たことがない。

(そこが1つの目安だな)

依頼を受けた以上、今回でそれが分からずともきっかけくらいは与えてやりたいと実はカインは思っている。ただ、そう思うからこそなんだか歯がゆくて見ててイライラしてくるのだ。さっきも本当はあそこまで言うつもりは無かった。でも口にせずにはいられなかった。

頭を掻き、カインはなんだか心がモヤッとして舌打ちをする。

「……じれってぇなぁ」

「ん?なんかいいました?」

ヴィゴロがこちらへ振り向いた。

「なんでもねぇよ」

カインがそうぶっきらぼうに答えたちょうどその時、リンがトボトボとこちらに歩いてくるのを視界が捉えた。ヴィゴロもそれに気づいた様で手を振って合図を送った。

「リンさーん、こっちですよー」

向こうもそれに気づいて小走りで荷車の方へと駆け寄ってくる。

ただ、カインはリンを歓迎する気にはならなかった。

ただし先程とは別の理由でだ。

カインは腰の短刀を抜き、リンへと…いや正確にはその後ろへ目を向けながら横のヴィゴロを守るように構えた。

「おい…あんた、荷車から離れるなよ…」

「え?え?」

状況が掴めずあわあわとしているヴィゴロを無視し、カインは神経を針のように鋭くする。


1……2、3…4…5匹か。

乾いた唇をペロリと舐める。……おあつらえ向きだな。

「さて、お手並み拝見といこう」

口角を吊り上げながらカインはそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜の牙 @you1124

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ