第3話 出会い2
「俺も…雇う?」
少年はリンに胸ぐらを掴まれながら、ヴィゴロに確認するように尋ねた。
「はい、あなたを雇いたいのです。ダメですか?」
「ダメというかあんた正気か?今のやり取り見てなかったのか?俺とこの女で仮に護衛なんかした日には快適な旅にはならないぜ?」
「はい、荷物さえ無事に届けれたらかまいません。だから快適にならなくてもいいので道中だけでもリンさんに探求者としての手ほどきをしてあげて欲しいのです」
ヴィゴロの言葉に少年はやれやれと肩をすくめる。
「それこそ正気を疑う内容だ。探求者にとって狩場でのスタイルや情報は命に等しい。そんな簡単に教えられないぜ」
「そうでしょうか?」
「あん?」
リンは自分が主体の話なのに疎外感を感じていたが、2人がやり取りを通して徐々に真剣になっていたので成り行きを黙って見ていた。
「確かに、探求者の方にとって先程言っていた事は事実貴重なものなのでしょう。ですがあなたは先程リンさんの刀を見て、彼女を指摘していたじゃないですか。人を斬る武器と魔獣を狩る武器の違いや、生きるためにこれからをどうするのが良いか…これらだって情報としては価値のあるもののはずです。だが貴方は指摘した…情報は貴重、けど然るべき機会があれば伝えてもいい、そういう矛盾したような思いが貴方にはあるんじゃないですか?」
少年から人を食ったような態度が成りを潜める。
「俺がお人好しだって言いたいのか?」
「……商人は目利きが命です」
「…分かんねぇな…どうしてそこまでこの女に入れ込む?」
少年の顔つきはもう先程のものではなく真剣だ。だが逆に今度はヴィゴロの方が頬を弛緩させた。
「ちょっと前に助けていただいた事があるのでその恩返しです…ただ、そうですね。強いて言うのなら、商人としての勘もあります。彼女はいずれ伸びるだろうと」
黙ってお互いを見つめている。だが少しして少年がふとリンに目を向けた。
「おい、いつまで胸ぐら掴んでる。離せ。」
「え、あ…」
言われるまで意識してなかったリンは言われるがまま手を離した。彼は身なりを整えるとずいっと、ヴィゴロに身を乗り出した。
「依頼料はいくらだ?」
「2日なので1人頭、陽銀貨6枚を予定してます。」
「安いな、話にならん。そこの女の報酬から授業料として半分回せ」
「分かりました」
「それと教える内容は基本的な事だけだ。だがまぁそれでも無茶しなきゃ死ぬようなことにはならないと思う。そこから伸びれるかは自分の目利きを信じるんだな。」
「ありがとうございます」
そこまで言ってヴィゴロからリンへと向き直る。
「リン…とか言ったな。俺はカイン…話は聞いてたな?お前に出す条件は依頼中の絶対服従、俺の言うことには黙って従え。いいな」
「え?…いやいや意味分かんないから。そもそも受けるって言ってないし」
「ほう…?おい商人のあんた。こいつはこう言ってるがどうなんだ?」
少年…カインが問いかける。するとヴィゴロはにっこりと人好きのする笑顔でリンに言った。
「月銀貨1枚と銅貨で7枚です」
?
言われた内容にリンはピンと来なかったが、ヴィゴロは笑顔のままリンに続けた。
「今、リンさんが飲み食いした食事の代金ですよ。もし依頼を受けて下さらないのであれば…言いたい事分かりますよね?」
「ヴィゴロさん!?」
今リンの財布に銀貨なんて1枚もない。精々が大銅貨で15枚分と言った所だろう。さすがにそう来るとは考えてもいなかった。
「それに受けてくださるなら依頼日までの宿、食事は私が出しましょう。どうです?」
これは正直ありがたい申し出だった。狩場に入るためのお金や食費なども考えて、リンは明日から野宿になる寸前だったのだ。
「うぅ…分かりましたよ…」
力なくリンが返事をする。ヴィゴロは対照的に嬉しそうだ。
「いやぁ、話がまとまって良かったですよ!ささ、カインさんもこちらのテーブルに!」
乾杯!と杯を掲げたヴィゴロに付き合いながら、仏頂面のリンに小憎たらしい顔でカインがいった。
「くくく、よろしくな」
彼女は返事をしなかった。
2
出発の日まで、あれから3日期間が空いた。ヴィゴロから組合に指名で依頼を発行したとの連絡が用意された宿に入り、受注し、そして準備などを済ませ今朝ようやく出発を迎えた。
「ふぅ…」
リンは用意された荷車に荷物を積み終わり一息つく。ヴィゴロは荷車を引かせるドルーンを借りにいった。ドルーンとは、六足歩行のデカい馬だ。
今いるルオーノアの港町から目的地の村までは直線距離にするとかなり近い。ただし街道の整備が滞っているので実際には開けた道を運用したりで狩場の近くを迂回する。探求者を雇い入れるか、土地勘のある人間がついてようやく到着するような場所だ。まぁそれでも2日で着くのだが。
「おう、終わったか」
リンが荷物を積み終わるのを見ていたカインが彼女に声をかける。しかし無視した。
「おーい?聞いてる?」
手を顔の前で振ったり、背中をつついてきたり、終いには頬っぺたをむにっとしてきた。よっぽど殴ってやろうと思ったが必死でその衝動を抑えた。依頼の条件にこの男の指示に従う旨があったからだ。
彼女が今こんなに頑ななのはその腰元に理由がある。今リンがつっている剣は三日月刀では無く、カインがどこからともなく持ってきた鉄の直剣だった。別に変わった特徴も無く、業物でもなんでもない。当然抗議したが全く取り合って貰えず、終いにはデコピンされて追い払われた。
「まだ怒ってんのかよ」
カインがやれやれと言った様子で話しかけてくる。
「別に怒ってない」
仏頂面でそっぽを向く。言ったものの、その言葉が実を持っていないことは態度から見て明らかだった。
「この前も言ったが、人を斬る武器と魔獣を狩る武器じゃ違う。今回お前は俺に従うのが条件になっているんだからそこの所を忘れるなよ」
「分かってるわよ」
そう言ったが目線は荷台に積まれた三日月刀を恨みが増しそうに眺めている。
本当に分かってんのかねぇ……カインはそう思ったが口には出さずにそれを黙って見ていた。
「お待たせしました!」
遠くからドルーンを引いたヴィゴロが手を振っている。
これから前途多難な護衛任務が始まろうとしていた。
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