第2話 出会い

ヴィゴロはとん、と向かいに座る少女に木のカップを差し出した。

少女の頬には擦り傷や切り傷が目立ち、腕には包帯…絆創膏なんかも貼られて頬をふくらませている。自分も先日の怪我は残っていたが、それよりも少しばかり痛々しい。

「ほら…リンさんこれでも飲んでください…あ、料理も食べますか?取り分けますよ?」

テーブルには差し出されたものの他にも肉やら魚やらが並べられている。しかし彼女はそれに手をつけようとはしなかった。横を向いてブスッとしていて、先程からずっと無言だ。格好は皮鎧に外套、腰には例の三日月刀といかにも荒くれ然としていたが見た目が可愛らしいのでそんなに威圧的には感じない。まぁ、口にだしたら殴られそうなので言わないが…。

彼女と会ったのはたまたまだった。

先日助けてもらった時から5日経過しても一向なの尋ねてこないのを心配した矢先に、市街でばったり出くわしたのだ。

ただ、あの時とは比べ物にもならないほどボロボロで、顔も暗かった。さすがに恩人のそんな姿を見て放って置く訳にもいかず、近くの酒場で食事に誘ったのである。

じっと手元のカップの中身を見つめるリン。中身はりんご酒をさらに果汁で割ったもので酒精は低い。それをおもむろに口に運ぶと、ぐいっと中身を一気に呷った。

「あーっ!もうっ!どうして上手くいかないのよ!」

ドンッ!と木のカップをテーブルに叩きつけながら叫ぶリン。何人かがこちらを振り向いたが、リンは気にせず今度は肉にかぶりつく。荒れてるなぁ…とヴィゴロは心の中で苦笑した。

「魔獣狩り、上手くいってないんですか?」

このストレートな質問にリンは目つき鋭くヴィゴロを睨んだが、料理を口にしながらずいっと開いた手を突き出した。

「5回…」

「?」

唐突すぎて理解がおいつかないヴィゴロに、口の中の食べ物をりんご酒で無理やり流し込んでからリンは続ける。

「5回よ!、狩りにでて5回ともうまくいかなかったのよ!信じられる!?大体、普通は森トカゲなんてでっかくても私くらいの大きさで動きも遅いはずなのにここのは私の倍の大きさ!なのにあいつ、こっちの動きを呼んでしっかり攻撃してくるし!しかも早いし!それにゴブリンだっておかしい!私の三日月刀で断ち切れないのよ!?おかげで少し刃こぼれしたわよ、きぃ〜!」

身振り手振りで、記憶の中の魔獣達とやり合っているつもりらしい。悔しそうに歯噛みしながらヒステリックな声を出したりして、収集がつきそうにない。ヴィゴロはなんとかリンをなだめる。

「まぁまぁ落ち着いて…それに魔獣は狩れなくたって他の素材集めなんかは上手くいってるんじゃないですか?」

魔獣狩りの探求者は仮に目的の獲物が狩れなくとも、その場所や地域の特産品なども収集したりする。もし依頼を受けていてそれが達成できなかった際の違約金などで足が出ないようにする為だ。この辺りの森で言えば滋養も高く食材や薬の元として重宝されるジバの実、建材や武具に使える魔獣の骨、回復剤の材料である特滋草などが比較的楽に採集出来る。当然リンもそうしているかと思ったがしかし、彼女は首を横に振った。

「私は魔獣狩りなのよ!そんなちまちまとした事したくないわ!」

「えぇ!?それじゃ手ぶらで毎回森からかえってるんですか!?あそこに立ち入るのにだって組合にお金払ってるんですよね!」

「えぇ…だからもう財布の中身が薄いわ…」

そういって薄っぺらな革財布をヴィゴロに見せる。彼は唖然として一瞬言葉を失う。さすがにこんな事態は想定してなかったのだ。

「リンさんそれはまずいですよ!これからどうするつもりなんですか!?僕は探求者じゃないですから狩場の事なんかは分かりませんが、無収入がまずいって事は分かりますよ!」

「何とかするわ!この三日月刀に誓って!」

そういって腰の刀をポンっと叩く。数日前はかなり感心したのだが、今の現状を見るとその姿は頼りなさげだ。

ヴィゴロは深々とため息をついて額を押さえる。狩りで怪我をし、金も底をつきそうなこの恩人をなんとかしないと…。色々頭の中で考え、案を練り上げる。うーん……と唸っていた彼だったがやがて妙案を思いついた。

「それじゃリンさん、護衛の仕事を受けませんか?」

「護衛?」

がつがつとものを食べる手を止めてリンが顔をあげる。

「はい、今度この街から2日ほどの近隣の村に行商にいくのですが依頼はこれから出す予定だったのですよ。ですからもしリンさんがよければ」

「ぷっ…くく、くくく」

と、ちょうどリンの真後ろの席から堪えきれない笑い声がきこえて話を止める。リンは反射的に振り返った。

「……何?」

睨みながら発せられたドスの聞いた声だったが、声の主はまだ腹を抑えて笑っている。

歳は多分、リンとそう変わらないだろう。14、15といった所か。でも身長は彼女よりこぶし1個分は低いし線もほっそりとしていて中性的だ。蒼い髪も中髪なので女性か男性か、一目で判断がつかない。多分…男性だろう。

組合からは距離もある酒場なので探求者の姿は姿は少ないが、どうやら彼も探求者のように見えた。竜種の甲殻や鱗があしらわれた皮鎧、腕当てにブーツ。隣には黒ずんだ外套が脱いで畳まれている。

腕利きの探求者達は竜や強力な魔獣を狩り、その素材で武具をあしらえると聞いたことがあるから、この少年を素直に見ればかなりの実力者と判断できる。そう見た目から判断したヴィゴロはうーん…と唸ったが、笑われたことに腹を立てた様子のリンは一瞬で敵視していて、今にも噛みつきそうだ。

「ぷぷっ…いや、悪いね盗み聞きするつもりはなかったんだけど席が隣で聞こえてきたもんだから…おい、そこの商人のあんた。そこの女を護衛に雇うのはやめた方がいい。組合に依頼を出すつもりだったんだろ?だったらちゃんと斡旋してもらいな」

「えと…あなたも探求者ですか?」

少年はにっと微笑んで頷くと腰から獲物を抜いてテーブルに置いた。探求者は自分の命に等しい獲物を見てもらって腕を判断してもらうという古い習わしがある。

それは反りのついた短剣だった。幅はかなり広い、ヴィゴロの腕くらいある。天井の隙間から僅かに差す光に反射して青みがかったそれは、ヴィゴロが以前商売上見たことがあるミスリルや魔石、竜玉などを溶かして作られた剣と酷似していた。がこちらの方がどこか輝きに鋭さを感じる。それになんといってもその分厚さだ。この短剣の分厚さが尋常じゃない…1番分厚い所で指二本分はあった。

「ふん…なにその使いにくそうな短剣」

リンはそう言ったがヴィゴロは喉を鳴らした。商人ゆえに、なまじ目利きが出来るだけにその凄さが分かってしまった。分厚く無骨だ。飾り気などまるでなく、ただただ無骨。だが、その姿形に吸い付けられる様な妖艶さと鋭さがある。折れず、曲がらず、敵を突き刺し、裂く。まるで竜の牙を思わせるような短剣の放つナニカに、ヴィゴロはただただ戦慄した。

「すごい武器ですね…これを使いこなせるんですか?」

ヴィゴロが言うと少年は意外そうな顔をした。

「へぇ、商人なのにこいつが分かるの?」

「はい、以前似たような品を扱ったことがあります。もちろんこの短剣ほど業物ではありませんでしたが」

リンは今のやり取りを聞いて怪訝な顔をした。

業物?この分厚い使いにくそうな短剣が?少年が短剣を腰に差し直すまで見ていたが、リンにはその凄さが全くわからなかった。もっと言えばただの鉄の塊に見えた。

「あんまり凄そうに見えなかったけど?」

挑発半分な感想を少年にぶつける。しかし彼は怒った様子もなく、リンに不敵な顔で言った。

「そうか、じゃ今度はあんたのを見せてくれよ。俺のは見せたんだ、探求者同士得物で自己紹介といこう」

その言葉にリンはしたり顔で獲物を引き抜いてテーブルに置いた。

綺麗な曲刀だ。焔の国において水面に映る三日月のごとき鋭利さと優美さを兼ね備えているとまで称えられている。鍛造においても魔石と深水晶と鉄を絶妙な配分で混ぜ合わせて作られたそれは、輝きを見るならば先程の短剣より美しい。…まぁ先端が少しばかり欠けているが。

しばらくじっ…とそれをながめていた2人だったが少年の方が息をついた。

「すごいな…」

その言葉に内心リンは喜んだ。この生意気な少年の鼻を明かしてやった。そう考えるだけで胸がすっと軽くなった。

「ふふん、どうやら目利きくらいは出来るみたいね!どう?これであたしの腕は分かったでしょ?」

少年は重々しく頷く。そして自分のテーブルのジョッキを呷ってから向き直った。

「あぁ、こんなしょうもないのを見たのは初めてだ。お前探求者やめた方がいい」

しょうもない?何が?…え?少年の言葉が追いつかず、首を傾げるリン。やがてその言葉が思考に染み渡るとバン!とテーブルを叩いて少年に掴みかかった。

「私が探求者やめた方がいいってどういう事よ!!」

店内に響き渡る怒声。給仕の子やあたりの客が静まり返りこちらを見たが、その客たちに少年は手をひらひらとさせて見せた。

「熱くなるなよ。これでも親切で言ってやってるんだ。若い女の命を救ってやろうってな」

「私が死ぬって言いたいの!?」

「あぁそうだ、今のままなら早ければ2週…遅くとも1ヶ月の間にはな。賭けてもいいぜ」

「あんたみたいな適当な奴の言うことが信じられるか!根拠もないくせに一丁前な事言って!」

リンの激昴した姿に少年は肩をすくめる。そしてテーブルに置いたままの三日月刀を指さして言った。

「まず、さっきの話を聞いた限りじゃあんたはこの辺りの狩場の経験が少ない。それと人を斬る武器と魔獣を狩る獲物の差も分かってない…あの刀でなんとか狩れそうなゴブリン相手にすら刃こぼれを起こす…学ぶための金もない。ついでにケガをしてて万全な体調でもない。そんなあんたがこの辺りで生きていくのは無理だな。誰かと組むか、諦めな」

「……っ!このっ!」

言われた内容は真っ当に聞こえなくも無いが、頭に血が登りすぎてリンは拳を振り上げる。その拳が振り下ろされようとするのと、少年が目を細めた時だった。

「だったら!護衛にあなたも雇います!!」

その声の方に、2人が振り向く。言ったのはヴィゴロだった。

「さっきの護衛の話です。リンさんだけじゃなく、あなたも雇います!」

「……はぁ?」

ガヤガヤと騒がしい街の昼下がり。2人の少年と少女の出会いは、最悪なものから妙な事の成り行きを見せようとしていた。

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