第3話【八極拳・OL】

『はぁ~~い。どうも、ユーチューバー、マスでございマス! 今日は百戦錬磨、タックルオジサンへの最終兵器リーサルウェポンとの評判が名高い、八極拳OLが通っているという道場へ突撃したいと思いマス! アポ? 取ってない、取ってない。突撃取材だから。それじゃ、失礼しマース。たのも~。たのも~』


 マスと名乗った自称・ユーチューバーの男がガラガラっと道場の扉を開けるが、中には人の気配がない。

 突然押し入って、道場の門下生たちにボコボコにされる絵を撮って炎上させよう、という打算的な企みがあったマスは少々がっかりした。が、内心、痛いのが怖いのでちょっと安心もしていた。

 そんな性格だから登録者数が増えないのだ。


『たのも~。誰も居ないなら道場の看板貰っていきマ……』


 道場の最奥、神棚の真下に人影が二人、小さく輝く光に向かって正座している姿に気が付いた。

 その後ろ姿から、何やら緊迫した気配が伝わってくる。マスは生唾を一つ飲み込み、一度ビデオカメラの電源を切ろうかと迷うが、


(ここで腑抜けたらオレはユーチューバーじゃねぇ!)

 頭を振ると、マスは靴を脱いでから道場に上がった。


 近づいて行くと、小さく輝く光の正体がモニターだとわかった。随分古い、ブラウン管モニターだ。

 煌々こうこうと発せられる明かりの前に佇む一人は白髪頭だ。相当な年寄りだろう。

 もう一人は老人の孫娘だろうか? まだ小学生くらいの――


「ちぇぇぇい!」

『うわぁぁぁ!』

 突然、叫び声を上げた老人に驚いて、マスはひっくり返る。

 すかさず小学生? が叫んだ!

「甘い! カウンター!」

『K・O!』

 ブラウン管中央に映し出された【K・O!】の文字と共に響くファンファーレ。

「よっしゃ! 今日も私の勝ち!」

 そう言ってガッツポーズをとる小学生? だったが、彼女はようやくマスの存在に気づいたようで、

「あれ? お客さんですか?」

 テレビゲームのコントローラー片手に振り向く。すかさず老人も振り返り、マスの顔を見ると嬉しそうに話し始めた。

「ほっほっほ、すずちゃん。この男の人はワシの孫でな……」

『いや、初めまして、ですよね!? 孫じゃないです……えー、ゴホン! 俺はユーチューバー、マスでございマス! 知ってる?』

「道場破りですかね?」

「すずちゃん。彼はイギリスのパリに留学していたワシの孫でな。懐かしいなぁ」

『さっきから何を言ってるんですか、このおじいちゃん? あ、あの、ここって八極拳の道場ですよね? ここに達人が居るって聞いて、それで取材したいって言うか、何て言うか……』


 早くも場の空気に飲まれかけていたマス。だがここで引き下がっちゃ、撮れ高が足りない。


「道場の取材だって! 良かったね、おじいちゃん」

『え? ってことは、このおじいちゃんが達人……?』

「いかにも、ワシが達人。達人がワシ。八極拳はここにあり! そしてこちら、すずちゃん。ワシの孫じゃ」

「いえ、他人です。ぜんっぜん、他人です。おじいちゃん、ボケてるんで話しはなんとなくで聞いた方が良いですよ」

『それじゃ、アナタは……すずちゃんは、ここで何をしてたんですか』

「ちゃん付けは止めてもらっていいです? 私、鈴蘭と言います。一応この道場の師範代なので、今、おじいちゃんと、少し稽古を……」

『稽古!』


 稽古と聞いて、ようやくまともな絵が撮れると思い、カメラを構えるマスだったが、鈴蘭の指さした先にはブラウン管。そこに映っているのは格闘ゲームの画面だった。


『え? 稽古?』

「そう、私がこの道場の門を叩いたのは、おおよそ半年前の事だったと思います」

『勝手に自分語りしないでもらえマス? しかもカメラ意識してるし』

「私が八極拳を学んだきっかけは、毎日のように突撃を仕掛けてくるタックルオジサンたちをいなして仕事に行くため……その為に、たまたま自宅アパートの隣にあった道場を冷やかし半分で覗いてみた事が始まりです。

 おじいちゃんの特訓法はいたってシンプル。おじいちゃんが格闘ゲームの愛用キャラを操作して、私がその技を真似する。それを本当に長い時間……そうですね、二ヵ月と言う長い期間、お酒もアイスも断って訓練に身を捧げたお陰で八極拳をマスターし、師範代に――」

『もういいです! そんなウソばっかり話されても編集で困るから! 今時、ブラウン管使ってるのも意味わかんねーし』

「ふん、これだから素人は困るのぉ。液晶画面はハード本体からの入力をデジタル信号に変換した後に映像化する。この機械的な一手間が数フレームの遅延を引き起こすのじゃ」

『急に真面目になった! このおじいちゃん、本当にボケてんの?』


 そう言いつつ、マスは帰ろうとその場から立ち上がった。


『あー、本当に無駄足だった。伝説のタックルオジサンとのファイトの前に、八極拳OLの足取りを掴めたと思ったのに……』

「八極拳OL? 多分、それ私の事です」

『ホント冗談ばっかり言う子だなぁ。すずちゃん、まだ小学生でしょ? その年で嘘ばっかりついてると悪い大人になっちゃうよ』

「多分、あなたより、年上ですけど!」


 そう言って鈴蘭はポケットから免許証を取り出して、マスに見せた。もちろんカメラに映らないよう、手で隠しながら。

 免許証と、目の前の鈴蘭の顔を見比べるマス。


 このマスと言う男。炎上目的で道場にやって来た少し痛い性格の持ち主ではあるが、本来はとても真面目な男だった。そもそも彼が伝説のタックルオジサンを追い、そのタックルオジサンに唯一対抗できるであろう八極拳OLを探していたのも、彼の心の奥底にある弱きを助け悪を挫く、勧善懲悪かんぜんちょうあく的な考え方から来ている。

 マスはカメラの電源を切ってから、膝を折って鈴蘭と目を合わせると、真剣な面持ちで言った。


「鈴蘭さん。明日は絶対に○○駅に行っちゃだめだ」

「いや、明日も普通に仕事なんで、それは無理ですよ」

「明日、都市伝説系ユーチューバーの間では、ついに○○駅に伝説のタックルオジサンが到着するって噂になってる。鈴蘭さんが八極拳の達人であろうと、なかろうと、あなたの身長はタックルオジサンの標的になる」

「ちょっと、何言ってるのかわかんないですけど、仕事は休めませんから。明日は先輩の仕事を手伝って、代わりに流行りの固めのプリンをご馳走になる予定なんで!」

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