第5話
そのころ世界各国で多数の男性の出生が確認されており、男性を社会の一員とするかの検討は国際会議にとって喫緊の課題となっていた。会議ではまず、世界中で生まれている男性の数が示された。次に有識者たちの意見陳述が行われた。「自然界ではオスとメスが交雑して子を作ることは至極当然のことであり、人類もそうあるべきだ。」と訴える生物学者。「そもそも、男性は長い歴史の中で気の遠くなるほどの殺戮を行ってきた。常に犠牲になるのは弱い立場の女性や子供であった。男性の持つ凶暴性は看過できるものではない。」と訴える歴史学者。「そもそも、男性たちが生まれなくなったのも、再び生まれてくることもすべては神のおぼしめしである。我々はそれに抗うことはできない。」という司祭。様々な立場の者が男性が社会の一員となることについて意見を述べた。続いて杏が意見陳述を行う台上に立った。議長は杏に向かって質問した。
「本日はこの会議に出席していただいてありがとうございます。今回はあなたに、色々と尋ねたいことがあります。すべて本当の気持ちを聞かせていただければと思います。」
杏はたくさんの代表者に向けて頭を下げた。
「杏です。よろしくお願いいたします。」
議長補佐が杏に質問した。
「あなたは、病院で入院していた男性の翼さんを病院から連れ出しました。それはなぜですか?」
「翼がこの後、どこか遠いところに隔離されるかもしれないと言っていました。私は翼をかわいそうだと思い連れ出しました。」
杏は答えた。
「男性は凶暴な生き物だという考え方があり、男性に対する世界の対応はまだ決定していません。あなたは男性である翼さんが怖くなかったのですか?」
議長補佐は続けた。
「翼はとてもいい人です。凶暴な男の人が昔はいたかも知れないですけど、翼は違います。優しくて、思いやりがあって、とてもいい人です。私は翼を愛しています。」
杏は議長補佐を強く見つめた。
「男性を愛するとはどんな感情ですか?」
議長補佐は首を傾げた。
「身体が熱くなるような、とても満ち足りた気分です。うまく表現できません。」
杏は答えた。
「あなたは、翼さんの子を2人産みました。間違いありませんか?」
議長補佐は訊いた。
「はい。翼と愛し合い子供を授かりました。」
杏は答えた。
「愛し合うとはどんな気持ちですか?」
議長補佐はどこまでも機械的に訊いた。
「愛し合うとは、身体が熱くなってとろけるような感じです。うまく表現できません。」
杏は顔を赤らめて言った。各国の代表者(特に若い代表者)は杏に注目した。
「あなたが出産した子供は2人とも男性でした。子供たちは凶暴ではありませんか?」
中年の体表者が質問した。
「2人ともすごくいい子です。凶暴なことなんてしたことがありません。」
杏は答えた。
「最後の質問です。あなたは、男性が社会の一員となることについてどう思いますか?」
議長補佐は訊いた。
「よくわかりませんが、私はさっきも言ったように翼も子供たちも愛しています。いつまでも翼と子供たちと一緒にいたいです。もし、そのために男性が社会の1員となる必要があるなら、必要だと思います。」
杏は答えた。
「ありがとうございました。質問は以上です。」
議長補佐は杏を議場から退席するよう促した。
問題解決システムGWの答えは次のようなものだった。
1. 男性の赤ちゃんを育てる環境を整えること。
2. 赤ちゃんはしっかりと教育し、思いやりのある子に育てること。
3. 世界中の女性は男性への偏見を捨て、男性とともに平和な世界を築くこと。
各国代表者の討議が始まった。
「男なんていなくていいんだよ。男なんて暴れん坊でどうしようもないんだから。男なんていなくたって立派に社会は動いてるんだ。あたしゃ男を社会に受け入れるなんて反対だね。どこかに施設を設けて隔離すればいいんだよ。」
70代の委員は言った。
「男性を排除し隔離するとなると、隔離するための施設の検討が必要です。現在、世界各国で男性の出生が確認されており、施設は大規模なものを検討する必要があります。また、隔離して子供を育てるというのは、世界憲章2の“全ての子供が幸せになるよう大人たちは全力で子供を育てる。”に反することになります。」
議長補佐が言った。
「杏は翼と愛し合ったと言っていましたね、女性が男性と愛し合うというのはどんなものなのでしょうか?興味があります。」
若い委員が発言した。
「そうね、興味あるわね。杏はとても素敵だって言ってたわ。生物学者も言っていたけど、人間も生物なのだから、女と男がいるのは当たり前のことで、愛し合うことも自然の姿なんじゃないかしら。」
中年の委員は若い委員の意見に同意した。
「そんなこと言ったってねえ、また男たちが凶暴になって、戦争をおっぱじめたらどうするんだい?」
年上の委員がかみついた。
「させなきゃいいのよ。戦争なんてさせなきゃいい。そんな大人にならないように教育すればいいのよ。GWだって言ってるじゃない。」
中年の委員が言った。
「そんなことできるのかい?」
年上の委員が少しトーンを落として言った。
「できるわよ。今は将軍も、王様も、皇帝もいない。軍隊もなければ兵器もない。一から作り出すのは大変だわ。不穏な動きがあったら取り締まりロボットに取り締まってもらえばいいのよ。」
中年の委員が言った。議長が、
「そろそろ結論を出したいと思います。GWの結論を採択することでよろしいですか?GWの結論で良いと思う方は挙手をお願いします。」
代表者全員が挙手をした。ここに男性が社会の一員となることが決定した。
議長はテレビとインターネットで世界に向けて次の演説をした。
「昔、人類は幾度となく戦争を繰り返し、沢山の犠牲者を生み出しました。戦争は男性主導で行われてきました。女性だけの社会になり、戦争も兵器もなくなりました。女性はお腹を痛めて生んだ子供たちが無残に殺されることを望まないのです。女性だけの世界になって戦争は無くなりましたが、男性と愛する機会を失いました。男性と愛し合うことは素晴らしいことだと杏は教えてくれました。国際会議は男性をこの社会に受け入れることを決議しました。女性と男性で平和な世界を築いていきましょう。」
杏と翼と子供たちは解放され、杏と翼の母親とともに老婆の果樹園に行った。老婆は杏と翼と子供たちを泣きながら抱きしめ、家に迎え入れた。老婆の家からはいつまでも笑い声が聞こえていた。
了
イブとアダム コヒナタ メイ @lowvelocity
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