第15話(最終話)

- 最終章 -

舞を失って三ヶ月が経った。

「おい、啓介、次は負けないからな!」

「俺もな」

麟太郎とは、仲良くなった。たまに一緒に勉強する。この前は友達何人かも一緒に連れてラクビーの試合を観に行った。

「おう!啓介、一緒にゲームやろうぜ」

あのテストのおかげでクラスにも友達ができた。部活にも入った。美術部に入って、いつも水彩画で絵を描いていた。どうやら僕には絵の才があったらしく、県のコンクールで入賞したりもした。前よりも、ずっとずっと楽しい生活を送っていたが、舞を失った喪失感だけはいつまでたっても拭えなかった。相変わらず図書委員は続けているが、ミスター怠惰の上野に、性格の悪い小坂と一緒に仕事をするのはきつかった。何より、もう本と向き合うのが辛かった。表面的にはいくらか前よりもマシになったかもしれないが、俺は以前よりも大きなこの世に対する無慈悲さと絶望感を抱えていた。いくらカントを読もうと、キルケゴールを理解しても、ちっとも救われる気持ちになれなかった。

俺が必要なのは、舞。彼女だけだった。彼女に何もしてやれなかった後悔に日々苛まれ続けた。

「ひょっとしたら、俺も死ねば彼女と一緒になれるかもしれない」

なんてことも漠然と考えていた。

そんな風に乾いた日々を過ごしていたある日のこと、俺はいつものように図書館で哲学の本を読んでいた。

「えっと、ベルクソン、ホルクハイマー、アドルノ……ん?」

俺はエドワード=サイードの「オリエンタリズム」の本の違和感に気づいた。本の間に何か挟まっている。それは手紙だった。書かれて少し経っているだろうか?白い手紙封筒が茶色く変色していた。それにしてもよく見つからなかったな。まあ、哲学好きの俺を七ページで挫折させただけのことはある。難解すぎて、もう長い間誰も読んでないのだろう。誰のだろう……

封筒をひっくり返してみると、そこには黒いインクの文字で「天ヶ瀬舞」とあった。

舞!誰宛だ?封筒の中身を見てみると、そこには「東雲啓介先輩へ」と書かれている便箋を筆頭に、何枚か便箋が入っていた。手紙は俺宛の手紙だった。そういえば、舞に最初に紹介したのもこの本だった気がする。おそらく、この本なら俺しか見ないと思ってこの本に手紙を入れておいたのだろう。俺はその場で舞の手書きの文字を読み始めた。


東雲啓介先輩へ、

先輩、楽しい思い出をありがとうございました。ごめんなさい。私、一つ先輩に隠していました。本当は、白血病という悪い病気にかかっていて、生きているのが不思議なくらいなんです。でも、どうせ死ぬなら最後くらい楽しい思い出が欲しいなあって思って無理して高校に行ってました。最初は不安だったけど、啓介先輩みたいに優しくて面白い先輩に会えて良かったです。

そして、本当は言いたかったけど、こんなこと言うと恥ずかしいし、先輩は一生懸命勉強していたから、邪魔になるかなぁと思って私は言えずにいた想いがあります。今、ここに書いてもいいですか?

啓介先輩、大好きです。これからも、ずっと一緒にいたいです。夏、あの青い東雲草を見る約束。忘れてないですよね?二人っきりで、あの情熱のような青をいつまでもいつまでも見つめていたかった。

だから先輩、私のこの想いを受け止めてくれませんか?

最後にもう一度言います。大好きです、先輩。


手紙はここで締めくくられていた。舞は、最後の最後に俺に手紙をくれた。手紙に雫が垂れた。雨か?折角の手紙が濡れてしまう。まてよ、ここは図書館だ。雨など降るはずがない。

それは、雨粒でなく、俺の涙に他ならなかった。俺は泣いていた。最近よく泣くな。何でこんなに嬉しくて、悲しいんだろう。舞、ありがとう。俺も、好きだよ。大好きだよ。俺はその場で何度も何度も手紙を読み返した。そして枯れるほど涙を流した。俺はまた舞に救われてしまった。

そして不意に窓の外を見つめた。

「まだ、咲いてるよ、舞」

季節外れとも言える青い東雲草が、命を燃やすように、窓の外に咲いていた。

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青い東雲草 岸泉明 @Kisisenmei

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