第14話

- 第14章 -

明日になれば舞に会えるだろうと思っていた。でも、その日、舞は図書委員の仕事を休んだ。学校にも来ていなかった。甲本先生に理由を尋ねても、知らないの一点張りだった。彼女は次の日も、そのまた次の日も来ることはなかった。

そんな風にして一週間経ち、二週間経ち、いつのまにか夏休みの前になっていた。図書館前の青い東雲草も綺麗な花を咲かせていた。

「舞、一体どうしたんだ……」

「啓介くん」

甲本先生が、いつもよりも暗い表情を浮かべながら僕のところに来た。

「あっ、先生。どうしたんですか?」

「今からちょっとだけ話をしたいんだけどいい?」

「勿論です」

「ま、ここで話すのもちょっと嫌だから、お茶を飲みながら話しましょう」

甲本先生はいつものように俺にコーヒーを淹れてくれた。

「先生、話ってなんですか?」

俺はコーヒーに入れたミルクをかき混ぜながら甲本先生の方を見た。甲本先生は尋ねてからしばらく何も発しなかった。二人のあいだに微妙な空気が流れ始めたところで、先生は重々しく口を開いた。

「実は………」

先生は急に涙を流し始めた。

「どうしましたか?」

「舞ちゃん、一週間前に亡くなったって」

「えっ……」

俺はコーヒーカップを床に落とした。濁色のミルクコーヒーが床にこぼれた。

舞が、亡くなった?死んだ、ってことか?嘘だ。俺はこの言葉が信じられなかった。おそらく先生は新しい本の内容でも俺に紹介しているんだ。きっとそうだ。そう信じたかった。でも、俺の希望的観測など、即座に打ちのめされた。

「葬式は近親者だけでやったって。彼女、元から体が弱いって聞いてたけど、まさか死ぬなんて……」

「えっ?えっ?」

俺は甲本先生の肩を掴んだ。

「先生、悪い冗談はやめてください。嘘なら今すぐ取り消してください。舞は生きてるんでしょ?ねぇ?」

「啓介くん、ごめんね。私、隠してたんだけど。舞ちゃん、啓介くんのテストが返ってきた日から、入院していたの。白血病で、もう助かるはずがなかった。でも、彼女が最後に舞に学校生活を楽しみたいと言って、お医者さんや両親の反対を押し切ってここに来ていたの」

「嘘だ!嘘だ!だって、朝顔を一緒に見ようって……」

「舞ちゃん、あなたに会えて幸せだったと思うわよ。入って来た時、不安そうだったの。でも、あなたといると、彼女いつも輝いていたから。だから、最後にしあわせな思い出と一緒に天国に行ったはずよ」

俺はこれを聞いて崩れるように泣き出した。もう、恥も何もなかった。ただ大きなものを失った喪失感だけがそこにあった。頭の中に彼女と過ごした甘い日々の思い出が巡り巡る。甲本先生も泣いていた。俺は自分の無力感を痛感した。舞の病気のことを、何一つ気づいてやれなかった。気づいていても、きっと俺には救えなかった。それが悔しかった。もっと、彼女と過ごした時間を大切にすればよかった。そして、俺は想いを、結局伝えられなかった。あの日、ラインでもよかった。想いを伝えればよかった。もう、この想いが伝わることなんてないと思うと、余計に涙が溢れた。

俺はその日、力なくただただ無機質な床を見つめて、泣き崩れていた。

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