非孤独

タケろー

第1話

 セットした目覚ましの音が鳴っている。

月曜日という現実が寝起き特有の不快感に滑車をかける。

「あー、今日書類まとめなきゃ」

 家を出るまでの1時間弱、スーツに着替えテレビつける。ニュースでは最近、特にひどくなってきた少子化問題についてどっかの大学の教授やら専門家やらが話をしていた。


 10年ほど前、ついに開発された仮想世界に完全ダイブ可能なゲーム機は、ありえないほどの社会現象を引き起こした。私は、俺たちの時代が来たとはしゃぐクラスの男子を横目に教室の隅で受験勉強をしていたものだが。ゲーム機は、高校生になり後輩ができるころには一般家庭でも手に入るようになっていたが、当時の漫画やアニメなどでたびたびその手の話がネタにされていたからか、誰も仮想世界の危険性を考えれていなかった。

 問題が世間に認知されるようになったのは、私が大学のどのサークルに入るか迷っていたころだったと思う。

「アダルトゲーム」、いわゆる18禁のエロゲやMMORPGというやつだ。

これらの普及により日本を含めた先進国の出生率が大幅に低下した。そりゃそうだろう。

自分の思い道理にならない現実の相手なんかより、仮想世界の美少女、美少年たちのほうが良いにきまっている。しかも彼らは自分を好いてくれ行為にまで及べるときた。

 そんなゲームの影響もあってか、互いの国民の減少率を重く見た、韓国と北朝鮮が終戦したという衝撃のニュースは記憶に新しい。ちなみにサークルは、どこにも入らなかった。

 

 電車に揺られながら職場へと向かう。

「竹内ー、取引先に渡す書類できたかー?」

「はい、今印刷中です。」

「それ印刷出来たら、俺のデスクの上置いてそのままお昼食べといて。」

「分かりました。」

 先輩から許可を得て、オタクな友人の話に付き合いながら食堂でお昼を食べる。

「んでね、今度出るポンソフトの新作一緒にやろうよー、イケメンもいるから。あとBEO,あれ最近のオンラインゲームでは最高傑作よ。まじで。」

「私そういうのあんま興味ないんだって、てかあんたリアルのほう大丈夫なの?」

「私、推しに命かけてるんで(キリッ)」

「そんなことばかりだから最近彼氏がつれないんでしょ。加藤、気を付けなよーなんか、非孤独死っていうのが増えてるらしいし。朝ニュースで見た。」

「仮想世界にいたままわざと起きずに自殺するやつでしょー、知ってる知ってる。私は推しに囲まれて死ねたら本望だけどなね(笑)。」

加藤さん、けっこー笑えないですそれ。

「てか、竹内のお母さん体の方大丈夫なの?]」

「最近ちょっと具合悪いんだよね、問題はないと思うけど。」

私が生まれてすぐに亡くなった父に代わって、女手一つで私を育ててくれた母は今入院している。加藤にはああ言ったけれどホントは少しまずいかもしれない。最近はずっと寝ていてあまり話せていない。

 「今日少し顔出してみるか」

仕事終わりの電車の中でひとり呟く。反対の少し開いた窓から見える沈みかけの太陽がまぶしかった。


「お、起きてんじゃん」

「あら由衣今日も来たの?」

「今日月曜日だよ。前会ったのは木曜日。ずっと寝てたから記憶飛んでるよ。」

「お母さんもう年なのねー」

「そういう問題じゃない気がするんだけど...」

久しぶりに話すことができた母との会話はとても楽しかった。

 

「あ、竹内さん?少しいいかしら」

夜、母と病室で話していると見覚えのある医師によびかけられた。

「はい?」

「ちょっと来てもらえませんか?」

言われて、病室を出る。

「お母さんのことなんだけど実は...」

「........」


 セットした目覚ましの音が鳴っている。

スーツに着替えテレビをつける。あいかわらずニュースでは似たようなことばかり話していた。非孤独死による自殺者がまた見つかったようだ。


「竹内ー、加藤知らないか?」

仕事中、唐突に先輩に話しかけられた。

「いえ、今日は見てないですね、休みですか?」

「みたいなんだが、連絡がなくてな有休をとるなら言っとけってんだ。」

「後で私の方から電話しておきます。」

実際は連絡などしなかった。昨日の病院での出来事で頭がいっぱいだったから。


 いつもより早く仕事を終わり、急いで病院へと向かう。

「どーしたの?そんなに息を切らせて。」

驚く母の顔から察するに、どうやら私は病室までかなりの速さで移動していたらしい。よく他の看護師たちに注意されなかったものだ。いや、されていても気が付いていなかっただけなのかもしれない。

 「残念ですが...」昨日、お決まりのセリフが医師の口から出てきた時点で大体の内容は分かった。先日分かったことらしいが、母は元気にみえるが、発作的なものが起こりそのまま息を引き取る可能性があるらしい。しかも、かなり近いうちに。それこそ今、目の前でも。

「お母さんはさ...私が生まれてすぐお父さんが亡くなって、大変じゃなかった?」

私の心のうちに気が付かれないように、それでもこれで最後かもしれないという思いとともに母に尋ねる。

「どうしたのいきなり?そうねえ、確かに一人で由衣を育てるのも大変だったけど、由衣自身のことが心配だったかな。」

「私自身?」

「ええ、だって由衣、小さいころからあんまり友達いなくてずっと一人だったじゃない?高校受験の時とか特に。」

「それは...お母さんが大変だったから、手伝おうと早くに家に帰ってたとか、そういうあれじゃん。今はちゃんと職場にいるし。」

「ほんとに?何人?」

「.....一人です。はい」

「ほらー」

「いやでも、0と1じゃあ差がすごいからね。うん。そうみると私も成長したよほんと(汗)。」

「ならいいけど。人間は孤独じゃあ生きられないからね。私だっておじいちゃんおばあちゃんとか近所の人とかみんながいたからあんたをここまで育てられたのよ。人は誰かがそばにいないと生きてるのも楽しくないでしょう?」

「じゃあお母さんがいなくなったら私はどうすればいいの?」その言葉は、ぎりぎり口にせずに済んだ。

 帰り際、母が窓から見える夜の光とともに、少し悲しそうな顔をしていた様に私は見えた。


  セットした目覚ましの音が鳴っている。

その目覚ましより先に、病院からの電話で先に起きていたわけだが。

いつものスーツと違う黒い服に着替え、いつもと違う時間に家を出る。

こういったことは祖父母のときにも行ったので覚えている。そういえば確かあの時

祖父母の亡くなった悲しみより、いつか母もこうなってしまうのではないかという恐怖から泣いたのを思い出した。だからもう涙はでなかった。


 セットした目覚ましの音が鳴っている。

母のことに関して一通り終えた私は、会社に行く気力がわかず、ずっと家で暇をもてあましていた。

沈みかけの太陽をまた見ていたころに、加藤から電話がかかってきた。

「竹内元気?じゃないよね...会社から聞いたんだけど、どう?大丈夫?」

「うん。ちょっとしんどいだけ。そっちは?そういえば前なんで休んだの?」

「えっとね、彼氏に金貸したまま連絡つかなくなってさ...まあだから私も実はあれから会社行ってないんだ。」

「そうなんだ...」

「ああ、それでね竹内に...由衣に電話したのはね、相談っていうか、一緒にどうっていうかね...」


 夜の街にはあまり出たことがなかったが案外にぎやかなものだ。みんな誰かと一緒に楽しそうにしている。やっぱり私はここでは一人なんだと、街の騒音から聞こえてくるようだった。

「あったあった、ブロンズエデンオンライン?これだよね。」

これまで大して興味のなかったゲームを生まれて初めて買ってみた。

家に着きヘルメットのような本体を手に取ってみる。

「説明書とかないのかな?」

大体理解したところで私は本体をかぶり瞳を閉じる。

そして、私の意識は私が孤独じゃないどこかへと落ちていった。


 セットした目覚ましの音が鳴っている。

あたりには、これまでなかった機械音だけが響いている。


 セットした目覚ましの音が鳴っている。

あたりには、これまでなかった機械音だけが響いている。


 セットした目覚ましの音が鳴っている。

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