38,一周回って、これが日常
「――以上が、今回のご報告になります」
「そうか、苦労かけてすまなかったな」
「いえ、私はなにも……しかし、よかったのですか?」
「よかった、とは」
「太一様です。私からすれば、まだ意思は変わっていないかと……この一件でさらに強固なものになる可能性もございます」
「まぁ、確かに――だがな、それが狙いなんだ」
「狙い、と申しますと?」
「自覚を持ってもらうという事だよ、ラグナロクを継ぐね。これはただの足がかりにすぎない」
「はぁ……」
「わかっていない顔だな」
「申し訳ございません、失礼は承知の上ですが」
「気にする事はない――それにそもそも、ラグナロクが解散したとウソを流し混乱させたのは私だからな」
「……ボス、いったいなにをお考えで」
「……さぁな、まぁお前もゆっくりしておけ。今は自由気ままな万事屋だ、それに――」
「それに?」
「あいつもそのうちわかる、今回の事もそれからラグナロクの事も――なぁ、我が息子よ」
***
「ふぁあ」
「ご主人、眠いっス」
「俺もだよ、本当ひどい目にあった」
ラグナロクの偽者探しから、数日。
おじさんを倒した俺達は、騒動を聞きつけたうちの連中に見つかり父さんに事情を説明する事になった。まぁ父さんだって一応元ボス、情報は聞いていたようで飲み込みは早かった。
ただ問題は、その後。
三人とパンドラの欠片だけで敵陣に突っ込んだ事やもし負けた時の策がなかった事、その他諸々を蒼を巻き込んでこってり絞られた俺達は罰として授業後家の掃除をさせられたってわけだ。あぁもう、テストがあるのは本当なのにこれじゃいい点数も取れない。
「まぁいいじゃないっスか、オレ達いい点とっても世間様にはきらわれた存在っスよ」
「何度でも言うけど、俺ラグナロクは継がないから」
今回の一件で改めてわかったよ、俺ヴィランは向いていない。
あの後だってそうだ。おじさんを倒してまずやったのは、警察を呼ぶ事。匿名でアルカディアがいるって通報をして、後は汐莉を連れて全員で逃げてきた。
だって、俺はヴィランじゃなくて一般人だから。やっていけない事はだめ、法治国家であるこの国で悪い人がいたら警察に通報するべきだと思ったからだ。
「けど昨日までのご主人、最高にキラキラしてヴィランの中のヴィランって感じだったのにな」
「なおさらいやだよ、なんだそれ」
何度でも言うよ、俺は一般人!
「朝から、ずいぶんにぎやかだな」
そんな会話の中で、ふと後ろから別の声がした。この数日で聞き慣れたそれに目をやると、いたのは案の定同じクラスのヒーローで。
「おはよう蒼」
「おはようっス!」
「本当、二人そろってのんきだな」
あきれたようにつぶやいているけど、表情は確実に初めて出会った日よりもやわらかかった。なんだろう、嬉しい事でもあったのか?
「そういえば僕、ヒーロー活動を三ヶ月謹慎処分になった。危険な行為をしたのと……ヴィランの血筋であれ、一般人である太一を巻き込んだのを怒られてな」
「って、嬉しくもなんともない」
なんだよそれ、悪影響だったじゃん!
せっかく認めてもらいたくてやったはずの偽者探しなのにそんな、それじゃ蒼の努力は無駄だったって事になる。それは、かわいそうだよ。
「ちょっと俺、蒼の父さんに一言文句を」
「いいそこまでしなくても、それにそこまでは気にしていないからな」
「気にしていないって、そんな」
「どこか、スッキリしているんだ」
そうやって笑う蒼の表情は、どこか清々しいものがあった。
「善とか悪とか、なにが正しいとかはわからないけど……それでも、ヴィランの中でも二人のような奴がいるって知れたから」
「蒼……」
なんだか、俺の心もじんわりあたたかくなる。あぁ、そう言ってもらえれたならこの数日付き合ってよかったよ。
「って待って、俺ヴィランじゃないって何度言えば」
「僕は、万事屋ヴィランがラグナロクを解散したとは思っていないからな。もしそうだとしても、一時的なものだと思っている」
「だかっ、あぁもういいよ……」
否定するのも疲れてきた。
そんな数日前では考えられないような三人で教室へ入ると、すでにそこには一人の影があって。
「あ、おはよう蒼くん悠人、太一くん」
汐莉は今までと変わらない笑顔で、授業の準備をしていた。
「おはよう……って、もう身体は大丈夫なのか?」
あの日の翌日パンドラの欠片が覚醒した汐莉は、反動と疲れからか熱を出し二日間学校を休んでいた。うちの数人が一応汐莉の身辺警護をしていたけどアルカディアみたいに狙ってくるのもなく、無事に回復したみたいだった。本当に、よかった。
「あ、そうだ、三人に言わなきゃいけない事があるの」
そう言いながらその場に立ち上がった汐莉はトコトコと俺達の方へ歩くと、突然深々と頭を下げた。
「私の事で、たくさん頑張ってくれてありがとうございます」
「……そ、それは、当然の事をしたまでだ」
「そうっス、汐莉は友達だから!」
「そうだよ、だから頭上げなって」
若干しどろもどろな蒼が気になったけど、触れないでおくよ。
「それと……お母さんなんだけどね、来週あたり退院できそうだって」
「っ、本当か、よかった……!」
そう、あのアルカディアの件が終わったからか汐莉のお母さんにかかっていた催眠が解けたのだ。回復をしているとは報告で聞いていたけど、汐莉の口から改めて聞いたらほっとしたよ。
「……あぁ、けど」
俺がヴィランの息子だって、バレちゃったな。
せっかく仲良くなれたのに、ヴィランは距離を置かれやすい。
乱暴だから、性格が荒いから。理由はそれぞれだけどヴィランを危険視しているのには変わりなく、俺だってそれはわかっていた。
そんな俺の様子を見てか、汐莉はふぅん、と俺に顔を近づけてくる。待って、なんだかた恥ずかしいよ。
「もしかして、ヴィランだってバレた事気にしているの?」
「だから俺はヴィランじゃないって……え?」
本人から直球な事を言われたから思わず目を丸くすると、汐莉はいつもと変わらない態度で首をかしげていた。
「なに、ヴィランってバレたからって嫌われたと思っている?」
「え、違うのか?」
てっきり、そうかと。
だってヴィランだよ、天下のきらわれ者の大悪党。なのにそんな、どうして普通に話してくれるんだ?
わからない事だらけで首をかしげると、くすくす笑いながら汐莉はずいと顔をさらに近づけてきた。鼻と鼻がくっついてしまいそうで目線をキョロキョロさせてみれば、それすらも笑われる。なんだよ、なにやっても笑われるじゃないか。
「言ったじゃん――ヒーローもヴィランも、自分達の正義を守っているんだよねって」
「――え?」
汐莉の言葉に素っ頓狂な声を出すと、また楽しそうに笑われる。けどそれもなんだか楽しくて、日常が戻ってきたのだと言われているようで。
「……あぁ、その通りだ。一般人もみんな、正義を守っているんだ」
小さく開いた窓からは、あたたかな緑の香りが乗った風が流れてきて。
今日も俺達四人の間を、ふわりと抜けていった。
万事屋ヴィランの若主人 よすが 爽晴 @souha
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