37,これで、最後!

「がんばれ、頑張って!」

 気のせいかと思ったけど、そうじゃない。その声はどこか安心感があり、俺の事を包んで暮れているような気持ちになる。

「今のは、汐莉?」

 まさかと思って視線を向けると、確かに汐莉が俺の事を見て必死に叫んでいた。

「なにかあったら、守ってくれるんでしょ」

「っ……」

 そうだ、あぁそうだよ。

 汐莉は俺が、守るから。

「当然!」

 自分に気合を入れて、勢いよく地面を蹴り上げる。右手に込めたのは、もちろんやる気。

「おじさん、もうこんな事やめてよ!」

「ばかご主人、それは聞かないってさっき!」

「吸収される前に当てればいい!」

「そんな暴論な!」

 だって俺ができるの、これしかないじゃん。

 ダメ元なのは承知で投げた黒い塊は、そのまま俺の手を離れておじさんの方へ向かっていく。もちろんそれが当たるはずはなくて、おじさんの手に触れ消えていく。

「何度やっても同じ事、いい加減あきらめなさい」

 そんな嫌味たっぷりな言葉に合わせて吸収が終わり、残ったのは残りのモヤだけ。

「どうすれば俺の攻撃が……ん?」

 今の、なんだったんだろう。

「もしかして……」

「太一様?」

 俺の中で、ふとある一つの仮説が立つ。これが本当なら勝てるかもしれない。

「けど、俺のレコードじゃ足りない……」

 そう、俺の立てた仮説を証明するならある条件が必要だ。今の俺だと、それがそろっていない。

 どうしようかと警戒を解かずに考えていると、おじさんが俺を見ながらふとなにかに気づいたように笑っていた。

「しかし太一のレコードは、浩一より強力だ……実にほしい人材だよ」

「……それはどうも」

「どうだ、うわさに聞くに太一はラグナロクを継ぐ気がないらしいな……私の元にくる気は」

「もっとない」

 そもそも俺は、ラグナロクを継ぎたくないのではなくヴィランになりたくないんだ。そこのところは間違ってほしくない。

「俺はこのまま一般人になるの……だからそっちにはいかないし、汐莉も渡さない」

「二兎を追う者は一兎をも得ず、というぞ」

 わかっているけど、あきらめない。

「ご主人、なにか策があるんスか?」

 そんな中でふと、俺の影にいつの間にか入っていた悠人が顔を出して聞いてきた。

「策はあるけど、一つ材料が足りない」

 その材料がそろわない限り、俺の策は通らない。

「なんとか、汐莉だけでも……ん?」

 待て、今俺、誰の事を言った? 汐莉?

「あ、それだ……!」

「ご主人?」

 横で不思議そうな顔をしている悠人がいるけど、説明している時間はない。

 俺はぐるりと顔を後ろへ向け、他でもない汐莉の事を見た。

「汐莉、俺の事を目一杯応援してくれないか?」

「え? あ、うん、私でよければ!」

 元気にうなずいてくれたのを見て、ほっと一安心。いや、これでなんとかなるかわからないけどさ。

「太一様、私にやれる事は」

「僕も」

 体制を立て直すためか、一度俺の近くに戻っていたらしい二人に若干おどろきながらも俺はうんんと小さく言葉をもらした。

「二人はさっきのを続けてくれればいいよ、それから悠人も」

「……それで、勝てるのか?」

「多分、あいまいだけど!」

 叫ぶが早いか感情を込めると、みんなの横を通りぬけておじさんへ思いっきり投げつける。

「作戦会議は、終わったかな?」

「あぁもちろん……おじさんの事、こてんぱんにしてあげる」

 渦を描きながら向かっていくそれを片手で受け止めながら笑ったおじさんは、ゆっくりと俺のレコードを吸収していく――今がチャンスだ!

「汐莉、お願い!」

「え、あ、うん! がんばれ!」

「もっと!」

「ご主人、理由も言わずにそれはわがままな子にしか聞こえないっス」

 うるさいうるさい、仕方ないだろ。

 自分でもなんだか恥ずかしいなと思いながらも振り上げた拳と、心からの叫び。俺の予想が、当たっていますように。

「受け止めてよ、おじさん!」」

「あぁ、そのままそっくりそのまま返してやるさ」

 感情の渦は質量を増していき、俺の中で膨らんでいく。

 おじさんに向けて放ったそれは、さっきまでと同じようになにもなかったように吸い込まれて――いや、違う。

「いけそう……!」

「っ!?」

 ニヤリと笑った俺に、なにかを感じたのだろう。けどもう、遅いよ。

 俺の手から放たれた感情は怒りと勇気、それからありったけの勇気と希望。

 それとほんの少しの隠し味……パンドラの欠片の祈りを入れたそれは、おじさんの手でも吸収できないくらいに大きくなっていた。

「まさか、お前!」

「ご明察……おじさんだって、吸収できる量のは限りがあるでしょ!?」

 俺一人のレコードじゃ、足りないってわかっている。

 けれどもそれは、俺一人の話。汐莉のパンドラの欠片はまだ未覚醒だけど、それでもレコードの強化が付与されるから。その力を元に、おじさんのキャパをぶち抜く攻撃をすれば。

「おじさんにだって、隙ができる!」

「ぐっ、しかし吸収できないだけで勝ったわけでは」

「さて、それはどうでしょう?」

「っ!」

 ナイスタイミング!

 後ろから顔を出したライは不適に笑うと、そのままプロレスラーの腕力をいかして右フックを入れた。

「がっ!?」

「まだまだっスよ!」

「あぁ、これで終わりだ」

 そしてライの攻撃でバランスが崩れたところを、両サイドから現れた悠人と蒼が挟むように蹴りをお見舞いする。

「なぜだ、なぜヴィランとヒーローが共に戦う……なぜ奪うべきパンドラの欠片を守る!」

「……おじさんには、きっと一生わからないよ」

 倒れながら俺に向けられたそんな疑問に、俺はそっと言葉を落とす。

「ヒーローとかヴィランとか、パンドラの欠片とか関係ない――俺は、友達を守っただけだから」

 俺も悠人も、蒼も汐莉も。

 身分や立場は違っても、大切な友達だから。

「おじさんにはそんな考え、きっとわからないよ」

 だから俺はヴィランになりたくない。

 だってお金にならないし人のためになれないし――なにより、この関係も崩れてしまいそうだから。

「だからね、おじさん」

 拳を握りしめて、深呼吸。

 レコードは使わないで、俺はその手に感情だけを込める。覚悟と決意、それとありったけの勇気を。


「もうこれ以上彼女を――汐莉を巻き込むな!」


 叫びと共に打ち込んだ拳の音は、此守の街に響き渡った。


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