36,かなりピンチ
「おじさんこそ考え直してよ、こんな事間違っている!」
地面を蹴り上げて、右手に絡まるよう生み出した黒い感情の塊を勢いに任せおじさんに投げつける。
「なるほど、力自体は浩一と引けを取らないようだな」
そんな俺の攻撃もひらりとよけられたと思うと、余裕そうな顔のままこちらに向けていた手のひらを上にあげる。
「だがやはり、荒いな」
「っ、太一様下がって!」
ぐいと首根っこを掴まれたのと、目の前をなにかがかすめていく。
なにが起こったかわからずかすめていったもの探そうとしたのと壁がミシミシと音を立てたのは同時で、そちらを見ると壁にはさっきまでなかった穴がぽっかりとあいていた。
「ひえ……」
「ご無事でなによりです」
「かなり命の危機は感じた」
なんだったんだ今の、おじさんのレコードってなんだよ。
「説明がまだでしたね」
ライは当然ながら知っているようで冷静に、頬を伝う汗をぬぐいながら言葉を続けてくる。
「浩太様のレコードは【カウンター】、我々には少々厄介な相手です」
そのレコードなら、俺でも聞いた事がある。
受けた他者のレコードを自分の中で分解して、それを相手へ返す能力だったはず。確かに、レコード保持者限定にはなるけど今いるのはほとんどがレコード保持者。これじゃ分が悪い。
「ライの言う通り、君達は私に勝てない……さぁ、大人しくパンドラの欠片を渡してくれるかい?」
「いやっス、ね!」
隙を狙ってか、俺の後ろから飛び出した悠人はそのまま自分の影を拳にして休む事なくおじさんに向けて放った。けれどもどれもよけられて、おじさんには傷一つつかない。
「甘いな!」
「うわ、やべ」
おじさんのレコードが発動したのと悠人が影に逃げ込んだのはほぼ同じタイミングで、そのまま悠人に当たらなかった黒いモヤのようなそれは俺の横をさっきと同じようにかすめていった……っておいこら、俺に当たったらどうするつもりだったんだ。
「あ、ご主人申し訳ないっス」
「お前申し訳ないって思っていないだろ」
長い付き合いだからそれくらいわかるからな。
けどこれはかなりピンチだ、俺の攻撃は父さんの関係かバレている上に簡単によけられるし、悠人のも純粋なレコードを使用した能力のため跳ね返されてしまう。なら、どうすればいいんだ。
「なるほど、ここは僕とマスケノの出番だな」
「そうだな……って、ん?」
突然聞こえた蒼の言葉に目を向けると、どこか楽しそうに笑う顔があった。なんだよ、蒼とライの番って。
「なるほど、確かに……たまには有益な情報を出していただけるのですね」
「一言余分だ」
わけがわからないまま話を聞いていると、詳しい説明もないまま二人は床を蹴り上げた。
「ふ、二人とも勝算はあるんスか!?」
「勝算の前に俺の影から出ろ」
なんだかムズムズするんだよ、長時間いられるとさ。
悠人を影からつまみだして蒼を見ると、ちょうどおじさんに回し蹴りをするとこだった。何度か空振りをしたそれをひらりとかわすおじさんだけど、蒼はバランス感覚が悪いわけじゃないからそんな全部当たらないのはおかしい。どうしたかと思えば、蒼が立っている場所とは反対から突然ライが飛び出してきて。
「甘いのはそちらです、浩太様!」
その顔は、テレビで見た気がするプロボクサー。なにそれ、反則じゃん。
ライの右フックはきれいにおじさんの顔に入り、そのまま弧を描きながら飛んでいく。さすがに、これは勝ったでしょ。
「いや、まだだ……蒼伏せるっス!」
「わかっている!」
なにかに気づいたのだろう、悠人のその声に反射的に蒼が伏せるとそのままあの黒いモヤが飛んでくる。よける事はできたみたいだけど、どうしてレコードを使っていないのに。
「驚いているようだね、太一」
一方おじさんは傷一つついていない様子で、その場に立っていた。そんな、なんで。
「なにもおかしい事ではない、跳ね返す力を調整して小出しにするのも可能だからな……太一の力、なかなかよかったぞ」
「ご主人のせい」
「太一が悪い」
「ここは誠意のある謝罪を」
「俺に八つ当たりするな」
確かに、ぐうの音も出ないけどさ。
けどそんな、跳ね返すのを小出しにできるなんてそれこそ反則だ。これじゃ、勝ち目がない。
「さぁ、これでわかっただろ……パンドラの欠片を渡してもらおうか」
「ぐっ……!」
力を込めて、汐莉をかばうように立つ。
だめだよ、ここで汐莉を渡すわけにはいかない。
「けど、どうすれば……」
正直、八方ふさがりだ。
汐莉を守るにも俺と悠人はおじさんと相性が悪くて役立たず、ライと蒼も今の状況では近距離での攻撃しかできない。なら俺は、どうするべきだ。
「どうすれば、この状況を――」
「がんばれ、太一くん!」
瞬間、キンと冷たいなにかが世界を支配した。
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