35,伯父さん

「あなたは……」

「なんだ、人が増えているようだな」

 父さんに似たその人は、ゆらりとつかみどころのない動きでこちらに近づいてきた。父さんのようで、父さんにはないなにかがある。誰だろう、この人は。

「ふぅん……あぁ君か」

 君か、と言いながら目線が向けられているのは間違いなく俺で、どう反応すればいいかわからず目を泳がせた。

「えっと……」

「あぁすまない、赤ちゃんの頃以来だからその反応は正しい」

 赤ちゃん、なんてあえて言うのだ。なにか理由があるのだろうか。

 言いたい事がわからず首をかしげると、目の前のその人はわざとらしいくらいの笑顔を貼り付けていて。


「初めまして諸君、私はアルカディアの長……ここは黒宮浩太と名乗るのが正しいかな?」


「黒宮って、太一の苗字……?」

 蒼のそんな、何気のない一言。俺だって気づいてはいるけど、俺はこの人の事を知らない。

「太一くん、に、なんか似ている」

「待って汐莉、俺少なくともあんな身長大きくないし見た事ない人、だし……」

 あ、待って。一人心当たりがあるかもしれない。そう思って顔を上げると、そもそも知っていたのか悠人とライが小さく俺にうなずいた。

「ご明察です、太一様」

「あぁ、この人ボスのお兄さんっス!」

 父さんのお兄さんで、ラグナロクの跡を継げなかった俺の伯父。

「けどどうして、おじさんがここに」

「どうしてもなにも、自分のテリトリーにいるのは当然の事だろう?」

 テリトリーって、ここはラグナロクの土地だ。確かにおじさんは俺の血縁かもしれないけど、おじさんではなく父さんのテリトリーだ。

「しかし太一がここにいるという事は、ライ……君だましたね?」

「さぁ、なにの事でしょう」

 いかにもな笑みと一緒に一歩ずつ下がり、俺達とおじさんの間へ割るように立つ。

「浩太様は残念ながら此守のボスではございません、ボスは浩一様ゆえ」

「浩一がこの街のボスなんて、ラグナロクのものなんて誰が決めた?」

「いや、そもそも街は誰のものでもないぞ」

「ちょっとヒーローの考えは話をややこしくするから黙っていてほしいっス」

 ここで一番正論を言っているのは蒼だけど、今それに触れていたらきりがない。

「まぁいいだろう、どちらにしてもラグナロクは私のもの……いや、私のものになるはずだったんだ」

「それって」

 なんだか意味深な言い方に顔をしかめると、あぁ、と俺の顔を見て納得した様子でくつの音を鳴らしながら近づいてきた。

「なるほど、もしやとは思ったが弟から聞いていないようだね」

 聞いていない、というのはおじさんの事だろう。だって仲が悪いって聞いているし、父さんも仕事上とかでは会うけどそれ以外では俺に会わせたくないみたいだったから。

「私はね、太一や弟とは違う……親父の跡を継ぐのに必要なレコードがなかったんだよ。親父の意向により【センチメント】を持たない黒宮はラグナロクの跡を継げない、だから私ではなく弟がボスになった」

 一瞬、蒼に重なったように思えた。

 蒼もそうだ、ヒーローに向いていないと言われた。それでも蒼は自分で道を切り開いたから、全部が一緒ではないと思う。

 一方おじさんはヴィランらしく自分勝手なようで、その後の身の上話を始めた。

 跡継ぎ問題で自分には能力がないとわかり、それでもボスになりたかったがためにラグナロクを巻き込んだ抗争に発展した事。

 勝負に負けて此守を追い出された事。

 百合丘で仲間を集めて力をつけた事。

 アルカディアを作った後は、表面上の付き合いとして交流を続けてきた事。

 そして、その中でもこの地域一帯をテリトリーにしようとしていた事。

「親父の跡を継げずアルカディアを立ち上げた頃だよ、この街にパンドラの欠片がいると聞いたのは……その時から明確に考えるようになった。此守にいつか戻り、浩一からラグナロクを奪ってやろうと考え始めたのは」

 ビクリと、汐莉の肩が揺れた。

 反射的に汐莉を後ろに隠しながら、俺は自然と下唇を強くかんでいた。そんな理由で、汐莉を危険にさらしたのか?

「じゃああの偽者を名乗っていたのは」

「もちろん、アルカディアさ。ラグナロクも偽者騒動を振りまけば、いくら解体したとしてもそちらに集中するかなと考えたのさ」

「だからって、人を襲っていい話じゃない……」

 そんな俺を見てか、おじさんはどう猛な笑みをうかべこれがヴィランだよ、とささやいた。「それとあの箱もアルカディアだ。パンドラの欠片自体から家族の意識をそらすために、うちの中でも催眠系のレコード保持者と雑貨屋にあった箱でパンドラの欠片だと暗示をかけたのだが、思いのほか上手くうかなくてな。まさかあそこまでになるとは思わなかったよ」

「お前……一般人にレコードの催眠術なんて、あんまりっス!」 

「必要だったから仕方ない事だ……しかし結果としてこう本人が自分からきてくれるとは、歓迎しますよ」

「わ、私は……」

「汐莉はお前に会うためにきたんじゃない、俺達がいるからついてきたんだ」

 俺と悠人、蒼とライが重なるように立ち汐莉を守る。

「そうっス、ボスのご兄弟でも、汐莉を傷つけたら承知しないっス!」

「そうだな、早川汐莉はそもそも一般人……そんな事、このヒーローハンドレッドが許さない」

「私も、さすがに賛同できませんね」

 こんなの間違っているし、やってはいけない。

 そう思うと自然と身体が動き、俺はおじさんの前に立っていた。おじさんだって黒宮の人間でしょ、ならこの気持ち届いてよ。

「おじさん」

 一つ一つ、確かめるように。


「どんな理由であれ、どんなヴィランであれ関係ない人は巻き込んではいけないし傷つけるなんて間違っている、信念がない行動はヴィランもヒーローも一般人だって誰も救われない……少なくとも俺は、そう思っているよ」


「……本当に、太一はあいつに似てずいぶんお人好しだな」

「当たり前じゃん――親子だもん」

 据わった目を見る限り、多分俺の言葉は届いていない。

 それがなんだか悲しくて目を伏せると、おじさんはそっとこちらに手のひらを向けていた。

「太一、今パンドラの欠片を渡してくれれば悪いようにしないぞ」

「いやだね、汐莉は渡さない」

 力を込めて、感情の波に沈めて。

 おじさんに答えるように、俺もそっと右の手のひらを向ける。

 悲しさと怒りを、一緒にして。

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