第64話.悪魔の推測と調査①

 世間には不穏な噂が流れていた。


 どうやら仮想空間、メタアースにアカウントを持っていない人間は、不審死を起こすようだと。


 さらに、いずれメタアースが現実の世界と入れ替わり、皆がメタアースで生活するようになると。


 本来ならば全く荒唐無稽な話であるが、これに関しては、サバト人生相談所所長、贄村囚にえむらしゅうも噂は事実ではないかと推測していた。


「間違いなく、これも終末を引き起こす為の天帝が仕掛けた罠ね」


 コーヒー牛乳をコクリと飲んだ、アシスタントの夢城真樹ゆめしろまきが自信を込めた声で言った。


「……いや、違う。確かに天帝側の者の仕業には間違いないだろう。だが、今回の黒幕は人々を争わせるというより、人々に恐怖をもたらし、メタアースへと誘導している。人間同士を対立させて対消滅を起こさせ、現在の世界を消滅させる終末が目的の天帝とは、やっていることが異なる……」


 贄村は机に肘をつき、指を組む。


「え? どーいうこと? ということは天帝の気が変わったっていうこと? それとも天帝の手下が天帝の望むことと違うことを勝手にしてるってことかしら?」


 真樹が腕を組んだ。


「それはわからん。だが、その黒幕は世間を混乱に陥れる為、現実世界の経済を破壊しようとしているようだ。事実、多くの人間がメタアースへ登録する際、現実からメタアースへ生活基盤を移す為に、資産をケロコインへと変換し、貨幣はメタアースへ吸い上げられている……」


 実際、多くの人間がなるべく多くの現金を集めてケロコインに変えようとしている為、あらゆる物の物価が上がり、急速にインフレーションを起こしているようであった。


「おかしいわね。メタアースにお金が流れて世の中の貨幣の流通量が減ると、ふつうはデフレになるんじゃないの?」


 真樹が首を傾げる。


「それは、今後も現在流通している貨幣の価値が存続することが前提だ。考えてもみろ。もし仮に明日、世界が終わると分かったら、金を欲しがる者などいると思うか? 今はケロコインはメタアース内でしか通用しない。もうじき今の社会で価値を失う物を欲しがる者などいない。誰も欲しがらない貨幣など、ただの紙と金属だ」


 贄村がニュースを確認する限り、これに関して政府は何も行動を起こしてはいないようだった。


「これじゃ、貧乏な人はメタアースに必要な機材が揃えられない上に、生活必需品も買えなくて死んじゃうわね。そのシュウが言う黒幕ってのは一体、何を考えているのかしら?」


「我々と同じく、自分が望む全く新しい価値観の新世界を創世しようとしているのだろう……」


 贄村が椅子の背もたれに凭れかかる。


「あたし達よりも先に、おかしな新世界を創るなんて許せないわ」


「問題は、そのケロコインとは一体、何なのか。おそらく今までの経済の常識とは違う世界を創造しようとしてきるのだろう。黒幕はケロコインを無限に発行しようとしているようだ。そしてその黒幕はどこに存在しているのか……。真樹、その黒幕について調べろ」


 贄村は命令した。


「え〜、そんな面倒な。あたしは探偵みたいなことは苦手なのよ」


「我々の邪魔をする者は何人であっても許すわけにはいかない……」


「こーいう時のために、鬼童院きどういんさんを味方にしてたのに。あの人裏切るから……。あたし一人じゃ面倒だから莉沙先輩のちからも借りなきゃ」


 頬を膨らませながら、真樹は緑門莉沙りょくもんりさへと電話をかけた。

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