第36話.不穏な世界

 仮想世界メタアースの拠点である廃工場の地下空間。


 そこで暮らしている家出女子高生、鏡原かがみはらみゆりは、ソファーに寝っ転がりスマホを眺めていた。


 メタアースの開発者兼管理者であるケロッキーは、みゆりに背を向け、パソコンをずっと操作している。


「ケロッキー、あのさ」


 ひたすらパソコンと向き合うケロッキーにみゆりは声をかけた。


「なんすか?」


 振り返らずにケロッキーは返事をする。


「ここに……、友達連れてきていい?」


 みゆりは訊いた。


「ダメに決まってるじゃないっすか」


 即答だった。


「ちょっとぐらいならよくない?」


 一応、涼太との約束を果たそうとみゆりは食い下がったが、


「ここはみゆりとボクの秘密の場所っす。みゆりはメタアースの女王になるんすよ? 他人に正体がバレるような危険を冒すのは止めて欲しいっすね。それに大体みゆりは家出中でしょ? 他の人に居場所を知られるようなことしてどーするんすか」


 ケロッキーの普段より強めの声。


 みゆりは若干の苛立ちを感じた。


「ってかさ、女王、女王っていうけど、女王ってふつうお金持ちで偉くない? なのにあたし、いまお金も全然無いし欲しいものも買えないじゃん」


 不満をケロッキーにぶつける。


「お金はケロコインが順調に貯まってるっすよ」


「そんなお金じゃなくて、現実で使えるお金。リアルマネーのこと」


「別にメタアースでも買い物できるし、ここに欲しい物が無いならボクが代わりに買ってくるっすよ」


 相変わらずみゆりの方へ振り向かずケロッキーはみゆりの問いかけに答える。


「そーいうんじゃなくてさ、自分でお店行って選びたいんだよ」


 みゆりも少し苛立った感じを出して返事をした。


「とにかくこのメタアースの件が落ち着くまでは我慢して欲しいっすね。その代わりにここに住まわしてあげてるんだから。それにほら、かなり現実のお金がケロコインに換金されてるっすよ。このまま順調に現実世界のお金をメタアースが吸い上げていけば、ボクの想定通りに世界は進むっすね」


 ケロッキーは一人で笑い始めた。


「そんなに面白い?」


「このままリアルマネーがケロコインへ換金され続けたらどうなると思うっすか?」


「えっ、どうなるかって? さあ、知らない」


「ならみゆりは尚更、ボクの指示に従って女王になるべきっすね」


 そう言って、ケロッキーはまた一人笑った。


 自分が馬鹿にされたようで苛ついたみゆりは、またソファーに寝っ転がってスマホを弄り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る