Ⅳ.平等と幻想の女王編
第1話.金でできている女①(鏡原みゆり)
わたしの体はお金でできている。
お金が無くなったら、わたしがその気になればいくらでもこの体をお金に変えられる。
わたしにお金を出す男性なんて、世界に何人でもいるから。
そのために邪魔なのは、一円にもならないわたしのプライドと倫理観。
でもそれも一度捨てたらなんてことはない。
もちろん好きでもない人に体を触られるなんて嫌だけど。
でも世の中、多くの大人達は仕事が辛い、仕事するのが嫌だって言いながら働いてるんだから、わたしだけ非難される覚えはない。
わたしだって辛いことをやってお金を稼いでるんだ。
わたしの家は正直言って裕福とは決して言えない。
ほんとに貧しくて社会の底辺の家庭。
わたしはパパとママが結婚する前に、すでにママのお腹の中にいたらしい。
二人はわたしができたことで結婚したらしいけど、すぐ離婚したみたい。
だからわたしはパパの顔を知らない。
どこの誰なのかすらも知らない。
ママはお酒と男性が好きだった。
小学生の頃、ママが男の人をアパートに呼んだ日は、わたしは家の外に出された。
男の人が帰るまで、外で待たされた。
じっとドアの前でしゃがんで待ってると、家の中からママの悲鳴のようなものが必ず聞こえてきた。
二人が何をしているのか、ママが何をされてたのか、そのときはわからなかったけど、何故かその声が嫌で、わたしは耳を塞いでいた。
でも成長した今なら、二人が何をしていたのかわかる。
お金になる行為だ。
でもそれを聞くのが我慢できなくなってきて、友達もいないわたしは公園で独りで遊ぶようになっていた。
ママのご飯はコンビニで買ってきたものとかが多かった。
酔って遅く帰ってくることがしょっちゅうあったので、ご飯を作ってらえる日は少なかった。
電気が止められて一日中暗いときもあった。
ママは仕事をしょっちゅう変えているようで、何をしているのかよくわからなかった。
でも電気代よりは自分の鞄や服を優先して買っているようだった。
そんな環境で暮らしているうち、ママに頼っているといつまでもうちにはお金が無いままだという事実に、わたしはだんだんと気づいていた。
なのでわたし自身がお金を稼ごうと思った。
でも自分には才能がないし、頭も良くない。
おばあちゃんがお金を出してくれて、一応、偏差値の低い底辺の高校に行けたけど、高校生の身分じゃ働くのも大変だ。
それでも何とか手っ取り早く多くのお金を得る方法を探した。
そこで知ったのがパパ活だった。
わたしはSNSや出会い系でお金を出してくれる人を探した。
そういう人はスマホひとつで簡単に見つかった。
わたしにお金を出す人は、主に中年の男性が多かった。
見た目、40代か50代くらい?
わたしは相手には深入りしないようにしてるから、相手のほんとの年齢は知らない。
でも向こうはわたしのことを知りたがった。
本名や学校、いろいろ聞いてきたけど、もちろんわたしは教えない。
それよりも鬱陶しいのはわたしを抱いておきながら説教するオジサンだった。
「俺だったからよかったものの、あんまりこういうことをしてると危険だぞ。不特定多数の男性を相手しているとな、いつかは悪い奴と出会って犯罪に巻き込まれるかもしれない。会うのはな、信頼できる男性だけにしとくんだ」
つまりわたしを自分だけの女に独占しようとしてるんだと思う。
でも逆らうのは面倒なので、わたしは服を着ながら無言で頷いた。
わたしは売れるものは何でも売った。
下着でも、汗でも、爪でも、唾液でも、生理用品でも。
こんな本来なら捨てるようなものにお金を出す男性が、世の中にはいた。
わたしの体に関わるもの、あらゆるものがお金になった。
これらがけっこう高値で売れて、そうなるとわたしの中の恥じらいとか自尊心は完全に壊れてしまった。
排泄物も売った。
実際に買う人がいた。
相手はスーツを着たお腹の出てるオジサンだった。
その人と待ち合わせて、人気の無い公園のバリアフリーのトイレへ二人で入った。
オジサンは慣れてるのか、用意周到に床のタイルの上に新聞紙を広げてタッパーを置いた。
誰かが来る前にさっさと終わらせたいわたしは、オジサンに背を向け、スカートを捲り下着を下ろしてその上にしゃがむ。
するとオジサンが言った。
「ほ、ほら、お腹に力を込めると、そのオッ、オシッコも出るでしょ? それもちょっとこの水筒に……」
首だけ振り返って見ると、オジサンは引きつった笑いでわたしに水筒を差し出している。
脂の浮いた顔。
髪の毛が薄くなってきている頭。
芋虫のような太い指には銀色の指輪がしてあった。
もしかして結婚指輪……?
こんなオジサンでも奥さんがいるのかな?
お金を持ってるから結婚できた?
もし娘でもいて、父親がわたしの排泄物を買ってるなんて知ったらどう思うだろう?
わたしは憐れむようにオジサンを見た。
そしてオジサンに言った。
「いくらくれる?」
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