第44話.それぞれの思惑④

 カフェを襲い爆死した荒砥翔也あらとしょうやの葬儀は、身内だけでひっそりと行われた。


 葬儀後、幾日か経って「千浦ちうら」の黒人の寿司職人ダニエルと、親方の一人娘の佳奈かなは、二人で翔也の実家を訪ねた。


 やつれた顔をした彼の母親が、ダニエルを見るなり「どうぞ……」とこっそり家の中へと招き入れてくれた。


 狭い仏間へ案内されると、佳奈は持参したチョコレートを供えた。


「翔也くん、チョコレート好きだったから……」


 仏壇の前で、二人で揃って手を合わせる。


 爆死の為、粉々の骨となって骨壷の中で眠る翔也に、ダニエルが静かに語りかけた。


「……翔也さん。私のために世の中と戦ってくれてありがとう。その気持ち、とても嬉しかったです。でも、できれば翔也さんと一緒にずっと寿司の修行を続けたかった。そしていつかガボンに来て食べてもらう、それが私の夢でした」


 語るダニエルの横で佳奈はそっと指で涙を拭う。


「翔也くん……。わたしダニエルの夢を叶えるお手伝いをすることにしたから」


 佳奈が仏壇に向けて言った。


「私は佳奈さんとお付き合いすることにしました。千浦で修行を続けながらお金を貯めて、いつか佳奈さんと一緒にガボンへ行き、二人でお店を開きたいと思っています」


 佳奈はダニエルの言葉に静かに頷いた。


「……でも皮肉ね。チョコが好きだった翔也くんが色が黒いコーヒーを口に入れるのは許さないだなんて……。翔也くんも変な人達に出会わなかったら……」


「こうなる前に、私が翔也さんを救ってあげたかった……」


 ダニエルと佳奈、二人はもう一度静かに手を合わせると、荒砥家を後にすることにした。


 ◇ ◇ ◇


 ここは、元骨島ほねじま鉄工所だった廃工場。


 以前、悪魔側の先導者である緑門莉沙りょくもんりさ鬼童院戒きどういんかいが戦った場所である。


 中間者の皿井菊美さらいきくみは薄暗い廃工場内部へゆっくりと足を踏み入れた。


 奥の方に、ここには場違いな立派な肘掛け椅子が置いてあり、そこに小柄な一人の人物が座っていた。


「……言われたとおり、砌百瀬みぎりももせは助けてきたわよ」


「おー、どうもありがとうっす!」


 その人物は軽い声で礼を言う。


 菊美はその声の主にゆっくり近づいた。


 椅子にはパーカーを着た、デニムのショートパンツ姿の人物が足を組んで、ニヤニヤ笑いながら菊美を見ている。


 髪はショートカットで童顔。


 クチャクチャと口を動かしているので、ガムでも噛んでいるのだろう。


「あなた、女? 声は女の子だけど……」


 菊美が質問する。


「ボクが男か女かなんてどうでも良くないっすか? 要は天帝のお望みを叶える能力があるかどうかじゃないっすか」


 その人物が答えた。


「……百瀬を助けてどうするの?」


「別に。ただバランスが崩れるからっすよ。

理の世界を目指す者、

贄村囚にえむらしゅう夢城真樹ゆめしろまき緑門莉沙りょくもんりさ

情の世界を目指す者、

天園司あまぞのつかさ福地聖音ふくちきよね砌百瀬みぎりももせ

愛の世界を目指す者、

天象舞てんしょうまい成星純真なりぼしじゅんま南善寺小咲芽なんぜんじこさめ

自由の世界を目指す者、

影鳥智奈かげどりちな皇廻すめらぎめぐる鬼童院戒きどういんかい

ね、それぞれ三人ずつ平等で、ハンデもなくて争わせるのにちょうどいいっしょ? この方が面白くないっすか?」


 肘掛け椅子に座る人物はケラケラ笑う。


「……そんな遊ぶ余裕あるの?」


 菊美は呆れたように訊いた。


「終末を監視する者、ろりめく衆愚を平定する者、天陰ひしく世界を統制する者、みーんな無能! あいつらじゃ天帝の望み叶えることなんて無理っすね。今度こそこんなゴミみたいな世界を終わらせてやるっすよ……。天帝の護法者ごほうしゃ、最強と言われるこのボクが!!」


 その人物は童顔にもかかわらず、菊美の背筋が凍るような冷笑を見せた。



《暴虐の正義編・完》

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