第45話.邸宅内の戦い②
倒れている
リリスはゆっくりと二人に近づいた。
兄妹の
「人の子よ、
リリスは二人に語りかけた。
「ふん、ここは生まれで人生が決まっちまうような世界だぞ。どうせ生きてても、オレ達に幸せなんて来ないんだ。それなら幸せな連中を巻き込んで平等に世界を終わらせてやるだけでも、オレは満足なんだよ!」
憲慈が刺々しい声で答える。
「結論のわからぬものを、なぜ己の思い込みのみで決めつけ絶望する?」
「もうわかってんだ! 親もいないしお金も無いし頭も悪いオレ達が幸せになんかなれっこないって! もうこうするしか残ってないんだよ!」
憲慈が紗羽を抱き寄せた。
「理なき思い込みに何の意味があろうか。
「黒川はオレ達を騙したかもしれない。でも少しの間、こんな大きな家に住まわせてくれて、オレを注目される存在にしてくれた。それだけでも幸せだったよ」
「人に与えられる幸せを待つのではなく、次は自らの歩みで掴みに行こうぞ、人の子よ。其方達の行先について、まだ結論は出ておらぬ」
「夢を持って頑張っても、結局やっぱりダメで、努力が報われなくて絶望するのが怖いんだよ! 頑張っても無駄な努力だったなんて余計に辛い思いをするじゃないか!」
「人が希望を捨てず努力し、終生に幾度もやり直しが可能な世界こそ、本来の正しい世界の在り方。そんな世界を
「悪魔が知ったようなこと言うな! 努力が報われるなら、誰も悲しい思いや悔しい思いしないよ!」
憲慈は声を荒らげ、リリスに怒りをぶつけた。
「努力により夢や願望は叶わぬかもしれぬ。だが其方が精進し進めた成長、それこそが努力の報酬。僅か一歩、いや半歩でも良い。昨日よりも前に進んだのならば、それは努力が報われているのだ。努力の報酬を夢の成就や他人の評価に求めるのでは無く、己の歩みに求めよ」
「で、でも……、それでもオレ達は……」
憲慈は唇を噛み締めている。
その時、爆発音が聞こえた。
エントラスホールに煙が漂い始める。
リリス達が玄関の扉側の方へ目を遣ると、出入り口が激しく炎に襲われていた。
「きゃあ!」
紗羽が悲鳴を上げる。
「いかん、人の子よ、早く立て。他の部屋の窓から逃げるぞ」
リリスは二人に呼びかけた。
炎は時間の経過につれ、燃える範囲がみるみる広がり、さらに激しさを増してゆく。
「ありがとう。でももういいです」
紗羽がリリスに頭を下げた。
「何ゆえに、逃げぬと言うか?」
「わたし達、二人だけの世界に一緒に行くのが夢だったんです。黒川さんが終末を起こして新世界へ行けばその願いが叶うって言ってたけど嘘だったみたいで。それにこれから努力しても、現実ではこの夢は叶いそうにないし。でもよく考えたら、周りを消すんじゃなくてわたし達が二人一緒に消えれば良かったんです」
「そのような夢想に取り憑かれて、心中すると言うのか?」
リリスが問い質す。
「人間は理屈だけで動くんじゃないんだよ。オレは紗羽のためなら世界を壊してもいいって思ってた。けど、最後に励ましてくれてありがとう」
憲慈は紗羽を一層強く抱きしめる。
炎の爆ぜる音が一段と大きくなった。
リリスは二人に手を差し伸べる。
だが、兄妹の奇能の板がリリスの手を遮った。
「人の子よ、死とは粛清のように異次元に存在するのではなく、完全に存在を滅すること。戻ること叶わぬ。その覚悟があるのなら、妾の言葉が真か偽か、確かめてからでも遅くはあるまい。自死はいつでもできる。もう少し現世に付き合ってみてはどうか?」
リリスは憲慈と紗羽に問いかける。
「……ありがとう」
「……ありがとう」
憲慈と紗羽は抱き合い、涙声でリリスに礼を言った。
その刹那、リリスと兄妹の間にあるカルネアデスの板の頭上に、炎を纏った天井の骨組みが落ちてきた。
リリスは反射的に後方に飛び退く。
カルネアデスの板は押し潰され、炎に包まれた。
「憲ちゃん……」
「紗羽……」
炎の向こう側から微かに二人の声が聞こえた。
「今まで守ってくれてありがとう」
「辛いことばかりだったけど、紗羽と出会えたことは幸せだった」
それがリリスが聞き取った最後の二人の声だった。
ほどなく、エントランスホールの天井が轟音を立て、大きく崩れ落ちた。
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