第39話.終末を待つ兄妹

《速報 街中で男がハンマーで人を襲う 三人病院に搬送》

《女が駅構内で液体を撒く 複数人が体調不良を訴える》

《ショッピングセンターで通行人切りつける 刃物男 依然逃走中》


 毒水憲慈ぶすみずけんじは自室でパソコンで各地で起こっているニュースをチェックしていた。


 机の脇には黒山羊の覆面が置かれている。


 型崩れをしたその黒山羊は、歪んだ瞳で虚しく天井を見つめていた。


 部屋のドアをノックする音がする。


「入れよ」


 憲慈がノックの主に返事をした。


「憲ちゃん」


 妹の紗羽さわがゆっくりと部屋の中へと入ってくる。


 彼女は憲慈の横に立ち、同じくパソコンの画面を見つめた。


「……もうすぐだ、紗羽」


 憲慈が呟いた。


「やっとわたし達、幸せになれるのね」


 紗羽も呟くように言う。


「ああ、ようやくこのクソみたいな世界も終わる。そして終末後の新世界で、オレ達は今まで不幸だった分、幸せになるんだ」


 憲慈は手のひらを力強く握った。


「憲ちゃんがいてくれなかったら……、わたし、生きてなかったかもしれない」


 紗羽の声が潤いを帯びる。


「オレだってそうさ。紗羽がいなかったら、あんな腐った親と過ごす地獄のような毎日に耐えられなかったよ」


「もう少しで憲ちゃんと一緒に新世界で……。でも憲ちゃんを信じてる人達、可哀想な気がする。終末を起こす為に頑張ってくれてるのに、この人達は新世界へ行けないんでしょう?」


「知ったことか。自分の頭で考えず、他人任せで信じる方が悪いんだ。天帝の力で今度はオレ達が勝ち組になってやる」


 憲慈は拳で机を叩いた。


「……お兄ちゃん、大好き」


 紗羽が憲慈の背中から手を回し抱きつく。


 二人は頬を触れ合わせた。


 お互いの顔の熱が、肌を通し伝わり合う。


 それぞれの頬が温かくなった時、ドアをノックする音がした。


 紗羽が慌てて憲慈から離れる。


「はい!」


 憲慈が怒気を込めて返事をした。


「失礼します」


 ドアを開けて部屋に入ってきたのはメイドの皿井菊美さらいきくみだった。


「あの、紗羽様はどちらへ行かれたのか……、あっ、ここにいらっしゃいましたか」


 菊美は紗羽を探していたようだ。


「えっと、何の用でしょう?」


 紗羽が訊く。


贄村にえむら様が……、お越しになられました」


 菊美は用件を伝えた。

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