第33話.毒水家の調査報告

 ちなふきんから連絡をもらった翌日の昼下がり、夢城真樹ゆめしろまきは指示された港へとやってきた。


「こーんにーちわー」


 ちなふきんのテントの入り口で、真樹は声をかける。


 中からファスナーが開き、吹き戻しを咥えたちなふきんが顔をのぞかせた。


「なんでも依頼してた調査が終わったそうで」


 真樹は手揉みをしながら笑顔で言った。


 ちなふきんはピュイと吹き戻しを吹くと、真樹をテントの中へと手招きした。


「港が広いから探しましたわよ」


 真樹はもぞもぞと穴に潜るもぐらのように狭いテントの中へと入る。


「コーヒー、飲む?」


 ちなふきんが訊いた。


「できればココアの方が……」


 真樹は答えた。


「ない」


「じゃあコーヒーで。それと甘えついでに、なにかお茶菓子も一緒にいただければ……」


 真樹は気後れすることなく、にこやかな顔で言う。


「図々しいね、きみ。でもそういう自分の気持ちに素直な発言、嫌いじゃないさ」


 ちなふきんはそう返事をすると、真樹に書類を渡してきた。


「あーっ、ありがとう! これが調査報告ですわね」


 真樹は大袈裟に喜び、それを受け取った。


「調査結果はきみ達が想像してたとおりさ。大して驚くような事実は無かったよ」


 ちなふきんがマグカップにお湯を注ぐ。


「やっぱり殺人遺伝子なんて存在しなかったのね」


「そうだね」


 ちなふきんは出来上がったインスタントコーヒーを、真樹に差し出した。


「しかもあの兄妹、血のつながりもないのね。それにしてもなんで弟なんかでっち上げたのかしら?」


 真樹は湯気が立つマグカップを口元へ運び、そっと啜る。


「たぶん兄の方を探られたくなかったんだよ。ダラQの正体がバレる恐れもあるし。弟の存在を信じさせることで、兄がいろいろと詮索されるリスクを避けられる」


 ちなふきんは真樹の横で、見た目がひどく傷んだ古本を開いて読み始めた。


「じゃあ殺人遺伝子の話は何のために?」


「さあ、そこまで詳しくはわからないけど。まあ、終末を止めたきみ達にやり返したいのさ。天帝は」


 真樹は驚き、思わず手に持ったコーヒーを零しそうになった。


「……ちょっと待って。何であなたが天帝を知ってるの?」


 真樹が目を丸くしてちなふきんに訊く。


「きみ達の敵は、執事の黒川くろかわだよ。彼は天帝の手先さ。また終末を起こし、この間の雪辱を晴らすつもりなんだよ」


 ちなふきんは真樹の質問には答えず、古本に目を落としたまま話す。


「ちなふきんさん、あなたは一体なに……」


 真樹はそう訊きかけて、止めた。


「あーしがわかるようになってきたんだね」


 ちなふきんが横目でチラリと真樹を見る。


「……それにしてもボロい本読んでるわね。どこで手に入れたの?」


 真樹がちなふきんの手元へ視線を向けて訊いた。


「フリーマーケットで最初に目についた本を、出会った運命に逆らわず買うのさ」


「本屋さんで好きな本を選んで新品で買えばいいのに」


「見た目は必要じゃない。こうやって手に入れた本には、自分で選択していたら知り得なかった知識が得られることがある。人の出会いもこの本と同じようなものさ」


「相変わらず自由人ですわね。それじゃ、あたしはこの調査報告を所長に見せに帰りますわ。いろいろとどうもありがとう。お世話になりました。あと、コーヒーご馳走さま」


 真樹はちなふきんにペコリと頭を下げると、さっさとテントを後にした。

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