第31話.神の来訪

「本日はわざわざこんな山奥までご足労頂きまして、誠にありがとうございます」


 毒水紗羽ぶすみずさわは自宅を訪ねてきた男女に、丁寧に頭を下げた。


「いえいえ。悩み苦しみ、胸を痛めている方を少しでも癒やすことができるのなら、我々はどこへでも参ります」


 紗羽が頭を下げた相手は、サクラメント人生相談所の所長、天園司あまぞのつかさと、そのアシスタント、福地聖音ふくちきよねだった。


「どうぞ、お上がりください」


 紗羽は二人を応接室に通す。


「それで私達にご相談とのことですが、どのようなお話でしょうか?」


「ええ、信じていただけないかもしれませんが……」


 紗羽はサバト人生相談所の所長、贄村囚にえむらしゅうへの相談内容と同じ、弟の殺人遺伝子の話をした。


 父が殺人遺伝子を発見したこと。

 この遺伝子を持つ者は将来、殺人を犯してしまうこと。

 そして弟がその殺人遺伝子を持っていたこと。

 この発見を防犯に生かすことが、亡くなった父の希望。

 その為、弟を社会から隔離すべきか、悩んでいること。


「紗羽さんの弟さんを思う気持ち、素晴らしいです。あなたは本当に心の優しい方ですね」


 話を聞いた天園は深く頷いた。


「いえ、そんな。わたしはただ世間の方に迷惑をかけたくないとの思いで」


「ご安心なさい。この世はお互い様です。誰しもが互いに迷惑をかけて、互いに赦し合う。それをまきまえてこそ、この世界が思いやり溢れる理想郷となるのです。弟さんは何も悪くありません。そのような業を背負った弟さんこそ、辛い思いをしているはず。みんなで彼を守ろうではありませんか。隔離などもってのほか。どうかご自由にさせてあげてください。きっと弟さんにあなたの優しさが通じて、人を殺すようなことは起こらないと思いますよ」


 天園が紗羽をいたわりながら語りかける。


「優しいお言葉、ありがとうございます」


 紗羽は二人に頭を下げた。


「私達はあなたを救う解決策を提示して差し上げられないかもしれない。だが、あなたの気持ちに同情や共感で寄り添うことならできます」


「ありがとうございます。わたしの気持ちを理解してくださるだけで、じゅうぶん嬉しいです」


 紗羽は目頭を押さえた。


「ほんまに思いやりのある方ですね。社会があなたのような方ばかりになると、この世界は素晴らしいユートピアになるんですけど。わたし達はあなたような方が苦しまずに心穏やかに過ごせる世界を目指していて、いつか実現させるつもりです。どうぞご安心ください」


 聖音が微笑みながら語りかける。


「はい。ありがとうございます。お陰で心が軽くなりました」


「微力ながらお役に立てて良かったです。それでは、我々はこれでおいとまさせて頂きます。またご相談したいことがあれば、遠慮なくお申し出ください」


「ありがとうございます。ではお見送りを」


 三人が玄関まで行くと、大きめのマスクをして窓の拭き掃除をしているメイドがいた。


「えっ、あれ……? 夢城真樹ゆめしろまき?」


 聖音が足を止めて、首を傾げる。


「どうかなさいましたか?」


 紗羽が尋ねると「いや、なんでもありません。人違いです」と聖音は頭を下げ、天園と共に毒水邸から帰っていった。


 二人が立ち去ったのを確認して紗羽は玄関の扉を閉める。


「どうだね、奴らは?」


 紗羽に声を掛ける者がいる。


 毒水邸の執事、黒川くろかわだった。

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