第30話.毒水家の真相

 たまに夜釣りを楽しむ人間がやって来るぐらいで、ほとんど人気ひとけが無い港。


 ちなふきんは、今夜はここにテントを張って過ごすことにした。


 テント内でコーヒーを飲みながら、以前、フリーマーケットで手に入れた古本を読む。


「港が広いから探したぜ」


 突然、男の声がした。


 その男は勝手に出入口のファスナーを開け、テントの中へと入ってくる。


「やあ。鬼童院きどういんさん」


 ちなふきんは驚くこともなく、顔色を変えずに言った。


 やってきた男は、ちなふきんに毒水ぶすみず家のことを調べてほしいと依頼された、悪魔側の先導者、鬼童院戒きどういんかいだった。


「調査が終わったんだね。ありがとう」


 ちなふきんは礼を言う。


「一応、報告書だ」


 狭いテント内、鬼童院はちなふきんの間近に座ると、数枚の紙を渡してきた。


「コーヒー飲むかい?」


「ああ、一杯もらおうか。それにしてもこの世はやっぱり理不尽だねぇ。あの兄妹もずいぶんと複雑な環境に置かれて、理不尽な世の中の犠牲者よ」


「そうなんだ?」


 ちなふきんはインスタントコーヒーを溶かしながら訊いた。


「二人ともそれぞれ、再婚した親の連れ子でな。紗羽さわが母親側の子ども、憲慈けんじが父親側の子どもだ。だからあの兄妹は血は繋がっていない」


「そうだろうと思ったよ。それでちょっと聞くけど、あの子たちに弟はいたかい?」


「なに、弟? いや、調べた限りではいなかったぜ?」


「なるほどね。話を続けて?」


「また、その二人の親がどうしようもないクズでな。酒に博打、それぞれの欲望のままに金を散財して、子どもの世話なんかまともにしやしねぇ」


「可哀想に。籠の中の鳥より酷い思いをしてるね」


 ちなふきんは紙コップに入れたコーヒーを鬼童院に差し出した。


「しかも家族がむかし住んでいた家の近所の人間に話を聞けば、父親は子どもに暴力を振るって虐待する男だったようだ。男の怒鳴り声と子ども泣き叫ぶ声が頻繁に聞こえていたんだってよ。通報されて騒ぎになったこともあるらしい。それでも親が反省しているだなんだと理由をつけて、子ども達は保護されなかったようだがな」


 そう言って、鬼童院は熱いブラックコーヒーをそっと飲む。


「ふぅん、なるほど。そんな家庭環境で生きてきたなら、他人への嫉妬や社会への恨みを募らせていても不思議じゃないね。そういう子たちなら黒川くろかわも唆して操りやすいはず」


 ちなふきんは報告書に目を落とす。


「ああ。だが現在、兄妹の両親は行方不明だ。探っても足取りが掴めねぇ。もともと人付き合いの少ない人間だから、たいした騒ぎになっていないが。俺の推測では恐らく……」


「黒川が粛清した、いや兄妹に奇能きのうを与え粛清させた」


「その兄妹を引き取ったその黒川ってのは、天帝の手先で、まだ懲りずにこの世界を消そうとしてるんだろ?」


「そうさ。あーしは天帝の作戦が気に入らない上に、奴に命令されることにうんざりしてね。だからこの世界を残して、自分の新世界を創って自由を謳歌するために、黒川に歯向かって彼の元を離れた。天帝の忠実なしもべである彼は、何がなんでも与えられた任務を遂行しなくちゃならないから、あーしの代わりをその兄妹にさせることにした」


「しかし、天帝を裏切る中間者ってのも面白いもんだよ。アンタの新世界、共感したぜ。悪魔が不甲斐ないものだから、俺の望む新世界が創れなかったんでな。だから俺と組んでその自由な新世界を創ろうじゃねぇか。なあ、影鳥智奈かげどりちなさんよ」


 鬼童院は、笑いながらちなふきんの肩をポンポンと叩いた。


 テントの外は静まり返っていて、二人が発する音以外は何も聞こえない。


 ちなふきんは一点を見つめたまま、コーヒーを口に運んだ。





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