第25話.水色のテントの女③

「ダラQが誰か……知ってるの?」


 夢城真樹ゆめしろまきは驚きで微かに声を詰まらせながら、ちなふきんに訊く。


「知ってるさ。彼はあーしの身代わりになってくれてるんだからね」


「どーいうこと?」


 その質問にちなふきんはピュイと吹き戻しを吹いて答えなかった。


「その、ブスミズケンジのブスミズは漢字の毒に水?」


「そう」


 ちなふきんはスマホを取り出し、文字を打った。


 真樹にその画面を見せる。


 そこには『毒水憲慈』と記されていた。


「まあ、偶然かしら! あたし、この毒水って家のことを調べてるのよ!」


「へぇ、なんで?」


「詳しくは個人のプライバシーに関わることなので話せないけど、毒水ぶすみず家のお嬢さんにちょっと相談事があるって言われて、その人の弟さんが殺人遺伝子って持っているらしくて、でもその話が嘘っぽくって、それで毒水家の家庭のことをもっとよく知ろうと、相談者の両親を調査してるのですわよ」


「詳しくは話せないって割には、結構話すね」


 ちなふきんはコーヒーカップを口に運びながら、横目で真樹を見た。


「ところで、その毒水憲慈ぶすみずけんじにはお姉さんがいるか知ってるしら?」


「姉はいないよ。妹ならいるけど」


「あら、そうなの? じゃあ別人かしら……。いや、ちょっと待って。たしか相談者の女の子にもお兄さんがいたはず。ってことは、彼女のお兄さんの方がダラQなのかしら?」


 真樹は腕を組んで頭の中を整理する。


「ところできみ、調べるあて、あるの?」


 ちなふきんが訊いてきた。


「それが全く無くて」


 真樹は苦笑しながら頭を掻く。


「ふぅん、そうなんだ。わかった。あーしが毒水憲慈の両親について調べてあげるよ。この憲慈がきみの目的の毒水家かはわからないけど」


「まあ、ありがとう! ところでちなふきんさんは調べる方法あるの?」


「まあね。あーし、探偵に知り合いがいるから」


「へぇ、実はあたしにも探偵の知り合いがいるんだけど、連絡が取れないのですわよ」


 真樹はまた苦笑いを浮かべる。


 そんな真樹を見て、ちなふきんは指に挟んでいた吹き戻しを口に咥え、鳴らした。


「じゃあ、なにかわかったら連絡くださいな。あたしの連絡先を教えておきますわ」


 真樹がスマホを取り出す。


 ちなふきんは表情を変えず、淡々とスマホに真樹の連絡先を登録した。


「じゃあ、今日のところは失礼しますわ。でも気をつけてくださいね。こんなとこで女の子一人で寝泊まりしてると危険ですわ」


「大丈夫だよ。危険なんて無いよ」


「まあ、テントには鍵も無いのに。夜中に誰かに襲われたらとか怖いとか、不安はないの?」


「不安なんてないよ。だって襲われてもあーしの方が強いもの」


「すごい自信ですわね」


「なぜ人は不安になると思う?」


「えっと……、結果がわからないから?」


「そう。でも襲われてもあーしが勝つってわかってるから怖くないのさ」


「あら、そうなの?」


「でもさ、未来の結果が全てわかるってなると、どうなると思う?」


「競馬や競輪が全部当たって儲かると思う」


「不安は消えても、代わりに現れるのは絶望さ。何年何月何日に親が死んで、友達が死んで、恋人が死んで、自分が死ぬ、って全て知ってしまったら、人は生きることの気力を失い、虚しさしか残らないんだよ」


「にゃるほど」


「誰も時間の旅を止めることはできないからね。つまり人が幸せでいるには、未来を知らず、そして未来を思わないこと。だからあーしは、今この1秒を自由に楽しんで生きるのさ」


「なんだか奥が深いですわね。どうしてちなふきんさんが襲われても勝つのか根拠はわからないけど、大丈夫なのが事実ならそれで結構ですわ。それじゃ依頼した件、よろしくお願いします」


 真樹は笑顔でペコリと頭を下げた。


 ちなふきんさんは二度、吹き戻しを鳴らすと、真樹に小さく手を振った。

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