第24話.水色のテントの女②

 夢城真樹ゆめしろまきはとりあえず、ちなふきんがコーヒーを入れてくれたマグカップを口に運んだ。


 隣で彼女も自分のコーヒーを入れていた。


 狭いテントの中、二人は体を寄せ合って飲む。


「ところで、こんな生活をしてるということはお家はないの?」


 一息ついて、真樹は質問を続けた。


「家はあるよ。住所がないと社会の中では何かと不便だからね」


「でも、お家にいるよりこの生活の方が不便じゃない?」


「なんで?」


「ご飯を作るのも大変でしょ?」


「別に。飯盒持ってるし。それに今の社会はコンビニやスーパーで何でも売ってるから簡単に手に入るじゃん」


「おトイレは?」


「トイレなんか街中にいくらでもあるさ。ここの公園だってあるし。それに簡易トイレも持ってるし。もしかして、する?」


「いえ、けっこうですわ」


 真樹は首を横に振った。


「お洗濯は?」


「コインランドリーがあるし」


「お風呂は?」


「スパがあるし。いざとなればうちに帰ればシャワーが浴びれる」


 ちなふきんさんは顔色変えずに、淡々と真樹の質問に答えていた。


「お家があるのに外で暮らして、しかも自宅で自炊や洗濯をすれば安くすむのに、お金払って街中の物を使うなんて。なんでこんなキャンプ生活してるのか、わからないわ」


 真樹は首を傾げる。


「別に理解しようとしなくてもいいさ。これが、あーしの生活ってだけだよ」


「でもお金を節約すれば、美味しいもの食べれるし、オシャレな服も買えるし。家賃だってもったいないじゃない」


「お金? あーし、他人に勝手に価値を変えられるものを大事にする習性がないだけ」


「ミニマリストのようで、でもお金は無駄に出費して、理解できないわ」

 

「なんでそんな理解しようとするのさ?」


「それはね、あたしが理屈や論理と言った、理を大事にする習性があるからですわ。なので矛盾してるとか納得いかないことがあると知りたくなるの」


「きみが見て感じたことが事実だよ」


「常に相手が正しく感じてくれるとは限らないから、誤解されるかもしれないわよ」


「別に構わないよ」


「まあ、誤解されてもいいの?」


「何を見て、何を感じ、何を考えるか、そんなことは個人の自由さ。それを誤解だって言って、あーしの考えを強制するのは好きじゃない。だからあーしを見て、よく思おうが悪く思おうが、みんなそれぞれの好きにすればいいさ」


「変わってるだけあって、芯が強いわね。そりゃこの生活できるわ」


「お褒めいただき、どーも」


「お金はどうやって稼いでるの?」


「当然、配信の投げ銭だよ」


「ダウナー系って言うんですわよね」


「まあね。世の中に囚われず、日がな一日ぶらぶらと気ままに生きるのをモットーにしてるから」


「ちなふきんさんは人気だから、お金も儲かるでしょ?」


「儲かっても、あーしがお金に囚われてたら、ファンの人ががっかりするでしょ? あーしはみんなから集めたお金で贅沢はしないし、する気もないよ。だからこんな生活してるんだし」


「いま、ちなふきんさんと同じようなダウナー系で稼いでいる人がたくさんいるみたいですわね」


「あーしが元祖だけどね」


「ダラQって言う人も人気らしいですわよ。知ってます?」


「ああ、知ってるよ。ブスミズケンジのやつでしょ」


「えっ!?」


 ちなふきんが何気なく発した名前に、真樹は思わず目を丸くした。

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