第22話.思わぬ日常の公園②

「あの、俺のこと覚えてますか? って覚えてるわけないか、はは」


 挙動不審な男は頭を掻きながら緑門莉沙りょくもんりさに言った。


 見た感じ、歳は莉沙と近いように見える。


 確かにこの男は、どこかで見たことがあるような気もするが、誰だったか思い出せない。


 莉沙は記憶を辿る。


 頭の中に蘇る顔で、なかなかそれらしい人物に当たらない。


 実は彼とは初対面で勘違いではないか。


 莉沙がそう思い始めたとき「あの、俺、駅前のコンビニでバイトしてて……」と男が言った。


「……ああ、あそこの店員さん?」


 思い返せば、夢城真樹ゆめしろまきが働いていたコンビニで目にした顔だった。


 だが、彼とは今まで客と店員の立場以外で関わったことはない。


「あの、いつもご来店、ありがとうございます」


 男が突然、場違いな礼を言う。


「いえ、どういたしまして……」


 莉沙も反応に困る。


「夢城さんとお知り合いだったんですね。驚きました。さっき、ここに夢城さんがいたから……」


「まあ、同じ学校だからね……。ところでまきちゃんなら、あのテントの方へ行ったよ」


 莉沙は公園にある水色のテントを指さした。


「あの、夢城さんに用じゃないんです。むしろ夢城さんとは顔を合わせないようにと、夢城さんがどっか行くのを待ってたんです」


「……じゃあ、何の用?」


 莉沙は冷淡に言う。


「あの、実は、いつもこの公園の前を通るときにトレーニングしているところを見ていて、かっこいい人がいるなって思っていて……」


「……ああ、そうですか」


 なんだか男の話は要領を得ないので、莉沙は帰り支度を進めることにした。


「そしたらお店に来てくれて、近くで見たらますます魅力的で……」


「……魅力的? 誰が?」


「あの、お客さんです」


 男は莉沙を指し示す。


 魅力的と言われて悪い気はしないが、ろくに会話も交わしたことがないのに、どこが魅力的なのかもわからず褒められることは、莉沙の中では気味の悪さの方が先立った。


 莉沙は返事を止めた。


「それに、お客さんは僕の理想の外見をしてて、とても綺麗でポニテの髪も可愛くて……」


 男は一人で話している。


「だからあの、良かったら僕と……、付き合ってもらえませんか?」


 男が言った。


「……はぁ!?」


 莉沙は目を見開き、思わず素っ頓狂な声を上げる。


「あの、お客さんのことが好きなんですけど……、どうですか?」


 男は自分自身も戸惑っているような感じで、莉沙に告白してきた。


「ちょっと待ってよ! どうですかって……、いきなり付き合ってって言われても無理でしょ!」


 莉沙は手を素早く振り拒否した。


「あの、本当に好きなんです」


「いや、急にそんなの、無理無理無理!」


 莉沙はこの場から早く離れようと思った。


「あっ、すみません。じゃあ、付き合うのが無理なら、まずは友達からでも……」


「そんな、友達からって言われても……」


 莉沙は困惑する。


 そんな時、頭の中にふいに天象舞てんしょうまいの声が聞こえた。


(付き合う人ができたら、自分も毎日の生活も変わるんですよ)


 莉沙は一瞬、動きが固まる。


 自分には恋人も友達もいない事実が、脳内を覆う。


「……あのさ、いきなり恋人ってのは無理だけど、友達なら……、いいよ」


 莉沙は思わず、そう口走ってしまった。


「本当ですか! あー、よかった。じゃあ連絡先交換してもいいですか。あっ、あの、俺、真壁晋一まかべしんいちって言います。よろしくお願いします。お客さんの名前も教えてもらえませんか」


 男は嬉しそうにスマホを取り出す。


「……わたしは、緑門莉沙りょくもんりさ


 魔が差した、そんな感覚だ。


 莉沙は顔しか知らなかった男と、連絡先を交換してしまった。


 果たして舞の言う通り、これで本当に何かが変わるのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る