第21話.思わぬ日常の公園①

 緑門莉沙りょくもんりさは大学の講義終了後、いつもの公園で一頻りパルクールのトレーニングに励んだ後、ベンチに座って休憩していた。


 水筒を空けてスポーツドリンクを飲む。


 その時、ふと公園の入り口へ目をやると、こちらに微笑みながら、赤いベレー帽を被った人物が近づいてきた。


 以前にもあったような光景。


「……まきちゃん」


「やあやあ、莉沙先輩」


 そう言って夢城真樹ゆめしろまきは、遠慮をすることなく莉沙の隣に座る。


「……今日は何の用?」


「何の用じゃないですわよ。酷いですわ。あたしが送ったメールの返事が来ないのでショックなのですわよ」


「……メールなんか来てたっけ?」


「ぎゃー、気づいてももらえてない!」


 莉沙はバッグからスマートフォンを取り出して、届いているメールをチェックした。


「……鬼童院きどういんさんの行方? あの帽子とサングラスの人?」


「そう。探してるのに行方も連絡先も知らないのですわ」


 真樹は眉を曇らせた。


「……残念だけど、わたしも知らないよ。それにあの人のせいでわたし、ももせと戦う羽目になって酷い目に遭ったし。あまり関わりたくない」


 莉沙はそう言うと、スマートフォンをバッグに戻した。


「そうですか。舞ちゃんも知らないですかねぇ。舞ちゃんからも返事が来ないけど」


 真樹はため息を吐く。


「……そう言えば、実は舞が……」


 莉沙はそこまで言いかけて、止めた。


「えっ、なにか?」


 真樹が首を傾げる。


「いや、別に。たいしたことじゃないから」


 莉沙は天象舞てんしょうまいが神の先導者、南善寺小咲芽なんぜんじこさめと、神と悪魔の立場を越えて結束しようとしている話を、真樹に伝えないことにした。


「それよりもさ、まきちゃんって、駅前のコンビニでバイトしてるんじゃなかったっけ? 一昨日、そこに行ったんだけどいなかったよ。休みだった?」


 莉沙は話題を逸らすため、訊いた。


「ああ、あそこなら五日でクビになりましたわ」


「早っ!」


「また別のバイト探しますわよ。ところであれは何かしら?」


 真樹は前方を指さす。


 その指の先、公園の隅にあるのは、小さな水色のテントだった。


「ああ、あれ? なんか昨日ぐらいからあった。ホームレスの人かなんかが暮らし始めたんじゃない?」


「そうかしら。オシャレで高そうなテントに見えるけど……」


 莉沙と真樹、二人がじっとテントを眺めていると、やがてそこに近づいてゆく一人の人間が現れた。


 その人物は黒い帽子を被り、黒い服を着て、黒いズボンを穿いている。


 その人物は慣れた感じでテントの中へと入っていった。


「ええっ! まさか、あれ! もしかしてのもしかして、じゃないかしら!」


「……なに、驚いてんの?」


「莉沙先輩、ちなふきんですわよ!」


「……ちなふきん? 誰それ、芸能人?」


「なんでもいま有名なワォチューバーらしいですわよ!」


 「へぇ、そうなの」


「実はあたし、彼女に興味持って会ってみたいなって思ってたんですわよ。せっかくのチャンスだから、ちょっと行ってきますわ」


 そう言うと、真樹は勢いよくベンチから立ち上がり、水色のテントへと小走りで向かって行った。


 取り残された莉沙は、意外と真樹はミーハーなんだな、と呆気に取られていたが、自分は興味がないので、帰り支度を始めることにした。


「あの、すみません」


 バッグに荷物を詰めていると、ふいに男の声が聞こえる。


 まさか自分に声を掛けているなんてことはないと思うが、気になったので莉沙はそちらへ目を向けると、視線の先にはどこかで見たことのある男が、緊張で引きつった笑顔を浮かべ立っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る