第17話.カフェでの賛同
11月の夕暮れ。
徐々に冬へと模様替えをする街中。
あれだけ身勝手に騒いでいた人達が、無表情で行き交う。
実は自分達が裏で危険な思いをして、天帝の使者と戦い、終末を止め、この世界を残したことを誰も知らない。
それで自分は何を得たかと言えば、悪魔から与えられた奇能という人を消す能力。
だが、その能力を使うことも舞に止められた。
確かに、自身が望む理想の新世界が存在しなかった以上、もう使う必要性もないのだが。
(結局これって、いわゆる「骨折り損のくたびれ儲け」ってこと?)
自分は努力や苦労と引き換えに、何か得たものはあったのだろうか。
(左腕も失ったし……)
そんなことを思ったら、莉沙の心にふっと虚しさが隙間風のように吹き込んだ。
「お待たせいたしました」
舞と莉沙、二人がおっとりした声の主へと目をやると、胸元に黒いリボンが付いた、青色のクラシカルなワンピース姿の小咲芽が立っていた。
「まあ、かわいい。アイドルみたい」
舞が言う。
「あれ、和服じゃないんだ?」
莉沙が訊いた。
「ええ。着物ですとお仕事の制服に着替えるのが大変ですので。それに、実家にいつまでも囚われてる気がして……」
「そっか、それにしても雰囲気が大きく変わったね」
「南善寺さんも変わろうとしてるんですよ」
舞が笑顔で言った。
また変わろうとしているものか……、莉沙は思った。
「本日はどうぞよろしくお願いいたします。ところで、わたくしにお話があるとのことですが、どこでされるのでしょうか?」
小咲芽が緊張した面持ちで訊いてきた。
「そうですね。じゃあ、どこかのカフェへ行きましょう」
楽しげな舞の案内で、三人揃って街を歩く。
しばらくして「あそこでどうですか?」と舞がチェーン店のカフェを指さした。
莉沙は反対する理由もないので、同意して三人で店に入った。
「わたくし、カフェに入るのは初めてです」
小咲芽が落ち着かない様子で言う。
「皆さん、飲み物は何にしますか?」
舞が訊いた。
「わたくし、恥ずかしながらお金がないので、一番お安いお飲み物が良いです」
小咲芽が恐縮して言う。
「あっ、そうなんだ」
莉沙は一旦、言葉に詰まる。
こういう場合は、一番年上の自分が出してあげるものだろうか。
「その、わたしが、あの、小咲芽ちゃんの分は出してあげるよ」
莉沙は無理に笑顔を作りながら言った。
「そんな。そう言うわけにはいきません」
小咲芽は小さく手を振り遠慮をする。
「いいから、気にしないでよ」
「よろしいのでしょうか。誠にありがとうございます。それではお言葉に甘えてオレンジジュースを……」
小咲芽が莉沙に頭を下げる。
小咲芽の実家、南善寺家は地元の名家だ。
裕福な家庭であると言うことは、莉沙も知っている。
そして小咲芽はいまバイトもしている。
一方、莉沙は年上だが、今バイトはしていない。
しかも実家は金持ちというわけではなく、一般庶民の家庭だ。
そんな家の仕送りだけで生活している。
(先導者になったところで、一円にもならなかったな……)
そう思い返すと、莉沙は小さくため息を吐いた。
店員を呼び、注文をしてから、取り敢えず舞は小咲芽の仕事の話などを聞いていた。
しばらくして店員が注文した小咲芽のオレンジジュースと、莉沙と舞のホットコーヒーを運んできた。
三人は揃って店員に頭を下げる。
飲み物が届いたところで「それで……、わたくしなんかにどのようなお話でしょうか?」と、小咲芽が本題を恐る恐る訊いてきた。
「……南善寺さんは、あれから奇能使ってますか?」
舞が小さな声で逆に訊き返す。
「いいえ、使ってはいませんが……」
「よかった」
舞はそう言うと、これから奇能で人を粛清するのは止めて欲しいという自分の思いを、小咲芽に話し始めた。
奇能を持つ先導者は独裁者と同じだと言うこと。
自分達は独裁者のように人を選別できるほど立派な人間じゃないということ。
その間、小咲芽は小さく頷き、ところどころ相槌を打ちながら話に耳を傾けていた。
「どうでしょう、賛同してもらえませんか。それでこれからは今のこの世界を、新世界のように理想の世界にしていきましょう!」
舞が力強く言った。
「それは素晴らしいですね! わかりました。わたくしも舞様の考え方に賛同させていただきます」
小咲芽も声を弾ませて言った。
「そうです。もう神とか悪魔とか対立するのは終わりです。全ての人が全ての人をお互いに愛し合えば、世界は素晴らしいものになるんです。だから今度はわたしたちの愛の力で新世界を創世しましょう」
小咲芽は小さく拍手している。
「莉沙さんも賛同してもらえますよね?」
舞が訊いた。
「え、あっ、うん……」
莉沙はホットコーヒーをスプーンでぐるぐるかき混ぜながら、とりあえずその場を取り繕うように、舞に返事をした。
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