Ⅱ.天帝の雪辱編

第1話.崇拝のインフルエンサー①

 悪魔がバイトをしている。


 字面で想像するならシュールな光景である。


 角が生え、牙を剥き出しにしたおどろおどろしい怪物がコンビニエンスストアのレジにいたならば、誰もが驚愕し、慌てふためき、身体に痣を作りながら逃げ出すであろう。


 だが、その悪魔が人間の姿をしていたならば、どうであろうか。


 たとえ相手が悪魔だとしても、誰もが驚くことなく、普段通りに買い物を終えること間違いない。


 つまりそれだけ見た目は人の世界において重要ということである。


 悪魔である夢城真樹ゆめしろまきは完全に人の姿に変化している。


 天帝に背き終末を阻止したものの、自身が望む新世界が創造できたわけではなく、今の世界が継続することになったので、それならばもっと人間を知ろうと、コンビニでバイトを始めた。


 人間社会で仕事するにあたって、真樹の容姿には問題はない。

 だが、あくまで「容姿には問題がない」ということである。


 彼女は悪魔であり、人との交流にはおおいに問題があるようであった。


「今日もあたしはうわの空〜♪ たるんだ社会にネコパンチ〜♪」


 真樹は自分で作詞作曲したオリジナルの鼻歌を歌いながら、機嫌よくレジに立っていた。


「これちょうだい」


 そこへ皺だらけのシャツを着た、腹の突き出た中年の男がぶっきらぼうにレジにやってきた。


「いらっしゃいませ」


 真樹は男が差し出した冷やし中華を一つを受け取り、レジに通す。


「レジ袋いります?」


 真樹が訊く。


「袋、入れて。あとその中に箸、4、5本余分に入れといて」


 男が言った。


「なんで?」


 即答で真樹が訊き返す。


「いや、なんでって……、落としたとき困るから」


 男は唖然とした表情で言う。


「でも4、5回も落とすのは、さすがに本人の不注意が酷いのでは?」


「いや、万が一ってことがあるでしょ!?」


 男は眉間に皺を寄せ、声量を上げた。


「普通なら万が一にも起こりませんわ。そんなに落とすなら、まずは冷やし中華買うお金で病院へ行きましょう」


 真樹が冷やし中華をそっと突き返す。


「いや、病院もだけど飯も食わなきゃなんないだろ。っていうかおい、オマエなんだ! それが客に対する態度か! 俺、ここの常連だぞ!」


 男がますますヒートアップした。


「だってお客さんの立場でもなんでも、冷やし中華一個で箸4、5本つけろなんて図々しいですもの。礼儀正しいお客さんには丁寧な接客、礼儀知らずのお客さんにはそれなりの接客、あたしは公平な態度に努めてますから」


 そう言って真樹はケラケラ笑う。


 怒り心頭の男がレジの台を拳で強く叩いた。


 その音が店内に響き渡る。


 店内で品出しをしていた、同じくバイトの男子大学生が、恐る恐る二人のところへやってきた。


「おい、オマエ! この女の態度なんとかしろ! 上の者呼べ!」


 男は鬼の形相でバイトの学生に言う。


 学生は萎縮して、微かに震えていた。


「そんなにイライラしなくても。そのイライラはビタミン不足かもしれませんわ。どうせ食べるなら、こんなの止めてサラダにしましょう」


 そう言って、真樹がサラダの置いてある方を指さす。


 男はもう一度、レジの台を叩いて、言葉にならない怒鳴り声を上げた。


 悪魔である真樹には、どうやら接客業は向いていないようだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る