第96話.終末を止めた世界②

 悪魔側の先導者、鬼童院戒きどういんかいは行方をくらました。


 彼も贄村囚にえむらしゅうの語る終末論に期待していたが、それが叶わなかった。

 つまり悪魔と関わる必要性がなくなったと言うことである。


 だが、また贄村達の理想郷が創世されるような兆しがあれば、機を逃さぬよう彼らの前に現れるであろう。


 もう一人の悪魔の先導者、緑門莉沙りょくもんりさ夢城真樹ゆめしろまきとカフェでコーヒーを飲んでいた。


「結局、終末は起こらなかったね」


 莉沙が言う。


「そうですわね」


 注文したエクレアを頬張りながら真樹が答えた。


「落ち込んでないの? 自分の望む新世界が創れなかったのに」


「べつに」


 真樹はケロリとした顔で口をもぐもぐと動かしている。


「あいかわらずだね」


 莉沙は苦笑いしながら、アイスコーヒーのストローを噛んだ。


「ところで莉沙先輩はあの騒動から生活変わったとかないですか?」


「わたし、もともと孤独だから。特に変化したとこないね」


「それはなによりですわ」


 真樹はアイスカフェオレをストローで吸った。


「あ、でも……」


「でも?」


「左腕が硬くなった」


 そう言って、莉沙は自分の腕でテーブルを叩き、小さくカンカンと鳴らした。


「別にいいじゃないですか。だって硬くなったけど、自分の意思で自由に動かせるんでしょ?」


「そうだけど。でもこれでわたし、一生恋できないじゃない」


「なんで?」


「なんでって、彼氏ができても手をつないで歩けないでしょ。見た目ふつうなのにカチカチに硬いなんてバレたら気持ち悪がられるよ」


「常に右手でつなぐようにしたらいいですわ」


「いっつも彼氏の左側に立とうと回り込んでたら、なんか不自然に思われるでしょうが。それに興奮したら腕が緑色に光るんだよ。わたしは蛍かっつーの」


 莉沙はテーブルに突っ伏した。


「興奮しないように過ごしたらいいですわ」


「無理でしょ。第一、恋人らしいことできないし」


「恋人らしいことって?」


「ほら、抱かれたりとか……、そういうことよ」


「そーいうことって?」


「もう、鈍いなぁ。その、ハグしてキスして……、ェッチとか……、そういうのができないってこと!」


「えっ、なんですか? よく聞こえない。大きな声でもう一度?」


「……わかってて聞いたんだね。もうまきちゃんとは口きかない」


 莉沙は頰を膨らませた。


「まあ、怒ったですわ。人間の女の子は短気ですわね」


 そう言って真樹はケラケラ笑った。


 ◇


 客のおしゃべりやBGMなど、音が充満するカフェの中、二人の様子を近くのテーブルから窺っている女がいた。


 彼女は店内にもかかわらず、バケットハットを目深にかぶり、サングラスをかけたままコーヒーを飲んでいる。

 サングラスが乗っているその鼻にはガーゼを当て、医療用テープで止めていた。


(……あたしがあげた腕、正岡まさおか達の戦いで役に立ったみたいね。あなた達があの二人に勝ってくれたお陰で、あたしは粛清されずに済んだわ)


 皿井菊美さらいきくみは終末を起こす天帝側の者だが、正岡や鳳谷ほうやアリアと行動を別にしていた為、生き残ることができた。


(ま、鼻を折られたお返しはいずれさせてもらうけど、ね。その時を楽しみにしてるわ、莉沙ちゃんと……、あたしのお姉ちゃん)


 心の中でそう呟くと、カフェの伝票を持って、椅子から腰を上げた。


(それにしても、自分で自分にキスする方法って……、何かないかしら)


 菊美は二人に気取られないよう、そっとレジの方へ歩いて行った。

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