第94話.理不尽の男(鬼童院戒)

 理不尽草紙ぞうしページを開けば、馬鹿と阿呆の狂気の話。


 聞きたい奴だけ聞けばいい。

 聞きたくない奴ぁ耳塞げ。


 聞きたくないもの聞かないでいても、世の中勝手に回っていくさ。


 見たいくないもの見ないでいても、誰もアンタを気にやしない。


 逃げの人生も乙なものよ。


 逃げ場の無い俺にゃ、理不尽の仕打ち。


 それがこの世の決まりである以上、世界ごと変えるしか手段が無い。


 一人の無能に導かれるほど、大勢の人生が無駄になる。


 一人の無能のせいで、大勢が悲劇に巻き込まれる。


 真っ当にルールを守る奴が損をする。


 俺はそんな場面を、幾度と目にしたもんよ。


 一つ例を挙げたなら、俺が探偵事務所に所属してた時、俺が足で稼いだ調査報告、無能の先輩が横取りよ。


 なぜか奴の手柄になっていた。


 俺の手柄が消えていた。


 だから俺は奴をぶん殴った。


 すると俺が無職になった。


 どんなに有能でも、生まれた時代で決まっちまう人生。


 どんなに無能でも、生まれた時代がよけりゃ上手くいく。


 時代に恵まれ、無駄に歳だけ食った無能のジジイ。


 金だきゃ持ってて、偉いと勘違い。

 若者よりも偉いと勘違い。


 何を学んで生きてきたのやら。


 一つ例を挙げたなら、牛丼屋での昼飯時。


 一人のジジイが若い女の店員に、逆らえないとでも思ったか、自分の我儘通そうと、年長を盾に無理往生。


 だから俺は茶をかけた。


 頭の上から茶をかけた。


 すると俺が警察送り。


 こんな馬鹿や阿呆達、思いやりや認め合い、そんな言葉で許せと言うか。


 過ち犯したことのない、完全無欠な者だけが、奴らを懲らしめる資格があると言うか。


 クズの度合いを考えず、互いを相殺しようって言うのかい?


 そんな詭弁、いりやしねぇ。


 道理を引っ込め、無理を通す奴もいりやしねぇ。


 理屈の通る奴だけで世界は十分よ。


 そんな世界に変えてやる。

 変えれるもんなら変えてやる。


 みんな社会の理不尽に、気づいていながら不平不満は主張して、変える気なんてありゃしない。


 明らかに矛盾したルールでも、愚痴を言いつつ放っておく。


 屁理屈付けて従うさ。


 やる理由を探すより、やらねぇ理由を探すのさ。


 だが、俺は違うのよ。


 取り返しがつかなくなる前に、変えてやろうとしたわけよ。


 そんな厭世的なこの俺に、タイミングよく近づいてきた奴は、悪魔と名乗る怪しい男。


 そんなまさか、悪魔なんかいるわけないと、思った俺もどこかで期待。


 すると贄村ってこの男、マジ物の悪魔だった。


 奴が創ろうとしてるのは、俺が望むような新世界。


 しかもその新世界の先導者になれと、不思議な力を与えてくれた。


 これは疑う余地はねぇ。


 そこで悪魔の語る終末に、恐れ知らずに賭けてみた。

 世界と人生、賭けてみた。


 だが、結果はご覧の通り。


 街中すっかり元通り。


 巻き込まれた世の連中も、神だ悪魔だとあれだけ騒ぎ、いがみ合ってはいたものの、あっさり忘れて元通り。


 明導めいどう大学の学生も、何事もなかったように通ってやがる。


 あの喧騒は何だった?


 終末は日頃の憂さ晴らしに使われただけかい?


 贄村にえむらのダンナを信じたが、結局、今の世界からは逃れられなかった。


 悪魔って奴の言うことも、あてにならねぇもんだよな。


 今でも探偵やってるが、フリーじゃ仕事もきやしねぇ。


 明日をも見えぬ生活と、やりきれなさで震えちゃいるが、内に鬼のわらべが棲む俺さ。


 仕方がないから、もう少しこの理不尽な世界に付き合ってやるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る